エムサポートのオフシャルサイト -5ページ目
平成25年8月27日。I と決別した翌日の28日。
私は、本社で受付嬢をしていた。

と、言うのも。社長と専務、コンサルタントの社長は今後のことについて、
弁護士と打ち合わせに出ていったのだ。

週末まで、なんとか乗りきってくれ!的な申し出だった。
私も一応、個人事業主で、仕事の予定があったりしたが、他のサポート
メンバーでなんとか乗りきるスケジュールを組んだ。

今後の事を考えるとかなり厳しい。
本社に居た3人の事務方も、昨日の西新井解雇と同時に自宅待機。
追って解雇通告する予定だった。

大量の引き継ぎ資料。実行中の現場。掛かってくる電話の対応。
まさにお先真っ暗。だった。
しかし、そんな状況を察したのか、自宅待機予定の男性社員が
やって来た。

「引き継ぎだけはきっちりやります。」

ちょっとホッとしました。まったく事務処理のことは分からなかったので。
彼は、物件別に進捗状況をまとめてくれました。

そこに、本日最初の電話!

「はい!T 工業です!」

彼が出ました。私は、受付嬢として本日勤務しておりますが、
彼も、いつものクセで出てしまったのでしょう。
そもそも、知らない人と喋ることが好きでない本日の受付嬢は、
「ま、いいか」くらいにおもってました。が。

「無言電話でした」

「・・・」

その日、3回の無言電話がありました。
3回目の無言電話のあと

「電話は、オレが出るから、いいよ」

私は、言いました。

「無言電話、なんなんですかね?」

「そ、そりゃ確認だろ・・・」

「え!?」

「会社がどうなってるか、誰が出てるか確認だろ・・・」

彼は固まりました。

「ばれたな、お前が会社に居るの。居ないはずのお前が。」

「お前、帰り気を付け方がいいぞ・・・」

「ホームの先頭に立たない方がいいぞ・・・」

「・・・」

彼は定時に帰りました。入れ違いに社長達が帰ってきて、無言電話の事と
、彼とのやり取りを報告すると。

「脅かしすぎじゃ!」

と、コンサルタントの社長に叱られちゃいました。
さすがにやり過ぎたと、反省し彼にメールしました。

「大丈夫?」

「ホームの真ん中を歩いてます」

なんとか大丈夫そうでした。
翌日、気丈にも彼は出てきました。電話には出ずに引き継ぎ資料を作ってます。
そこにコンサルタントの社長が来て、今後の話をしているなかで。

「今回の事でひとつ問題なのは、社内の個人情報が公開され過ぎってことじゃ!」

「 I は、西新井のメンバー個人個人の家に行ってる」

「居留守を使うと、表で待ってたそうじゃ!」

社員の電話、住所が住所録として印刷され、データはPCにあった。

「腹くくらんとな!家族もおるし!」

その日の午後、引き継ぎの為に来ていた彼は何の挨拶もなく、帰ってしまいました。

一番脅したのは、コンサルタントの社長でした。