昨夜遅くボスから、明日仕事に出てきてくれないか、と頼まれました。
「申し訳ありませんが、出られません。すみません。」
ボスの依頼を断ったのは、最初で最後かもしれない。最後なのは、明日(4月)から僕は、新しい職場で違うボスの下で働くことになるから。
朝起きてシャワーを浴び、今年初めて着る薄手のパーカーを羽織り、M4のハンドルを握る。
目的地は、桜の時期に僕が必ず訪れるお気に入りの場所。
途中スーパーに寄って、おにぎりと唐揚げとお茶を買い、目的地近くのコインパーキングに車を止めて春風の中を歩く。
駅のそばの踏切を渡るとき、電車のダイヤが乱れていることを告げるアナウンスが聞こえてくる。田舎の小さな駅なのに、狭いホームは電車を待つ人でいっぱい。
小さな橋を渡って、桜並木が続く河辺の小径に到着。バス停に置かれた錆びたベンチに一人腰を下ろし、買ってきたお弁当を広げる。
バスは3時間に一本。もう何年もここに来ているけど、一度もバスを見たことがない。もし見れたら、何かとびきりいいことが起こりそうな気がする。
暖かで穏やかな土曜日の昼下がり。聞こえてくるのは、川のせせらぎの音と、時折響く遊んでいる子どもたちの歓声。
眼の前を通過したピザの配達のバイクのお兄さんが、少し先の道の真ん中で急に止まりました。
どうしたのかな、と思ったら、お兄さんはヘルメットを脱いで道の端にあぐらをかいて座り、煙草を吸いながら桜並木を眺めはじめました。
きっと僕と同じように、きついことや忘れたいことがあるんだろうな。道幅は狭いけど、車が通らないわけじゃないよ、危ないよ。
次に通ったのは、子犬を連れたおじいさん。僕の好きな、ウエストハイランドホワイトテリヤかな。僕も犬になりたい。
そういえば、助けてもらった恩を返すために、何度も生まれ変わって同じ飼い主のそばに何十年も居続ける犬のお話の映画があったっけ。タイトル忘れたけど。今度借りて見よう。
ボス、仕事に出られなくてすみません。明日からは、きっとがんばります。最初で最後のわがままを、どうか許してください。
そしていつか、今日は一人で来たこの場所に、大切な人と一緒に来られますように。