11回目命日を迎えました

あの日から11年です

「さよなら」「ありがとう」

言えず言わず

知らない間にたった一人で

静かに逝ってしまいました

「こんな事が出来る🌈だったの?」

「生きることにそんなに

切羽詰まっていたの?」

苦しかったね

ごめんね

側に居ながらあんなことを

考えもしなかった自分の

傲慢を呪って自分をぶん殴りました


亡くなった父は「🌈は卑怯者だ」と

言い切りました

なんて酷い事を言うのだろう

到底受け入れられませんでした


戦中戦後の昭和初期を

生き抜いてきた父にしてみれば

命を粗末にした事を強烈な言葉で

自分自身に大義名分を

立てたのだと思います

惜しみない愛情を初孫へ注ぎ

過ごした尊い時間や

将来を楽しみにしていた穴を

そうでもしないと埋められなかった

のだと思います

あってはならない事でした

ひどい言葉は精一杯の愛情でした

残された家族の気持ちをも

守りたかったのだと思います

どん底まで沈んだ家族の心は

どこかで父の強さに

救われたかと思います


11年の間に92歳父も生涯を閉じました

類稀なる才能で人生を生き抜き

家族を懸命に支えてきた父の生き様を

葬儀で振り返った時

悲しいほどに強烈な言葉の意味と

父の悲しみの深さを理解しました

父、無念な思いをさせてしまって

ごめんなさい、ありがとう🙏


10年一昔と言います

昔のことになりつつあります

🌈の軌跡は心の聖域に

一つも取り残さず大切に刻んでいます

色褪せずにいますが

歳と共に記憶の鮮明さが

失せる現実にいます

失せる恐怖の現実を受け止める

強さをください


ずっとぞはに居て欲しかった

一緒に人生を歩きたかった

たとえ記憶が失せても

🌈を愛している気持ちだけは

忘れないでいるでしょう


残された者の気持ちばかり

綴っていましたが

🌈はどうしているかしら?

ママのこと覚えていてくれていますか?


当初は空ばかり見上げて

🌈を探し続けていました

見つけたら即連れ戻す勢いで

帰りを待ち続けていました


もし魂があるのだとしたら

🌈が居るあちらの世界は

どんななのかな?とふと思います。

魂は天国で生活(?)してるのでしょうか

考えても想像すらできないけれど

🌈が今どうしているのか知りたいです


魂があるから

魂が天国へ行かれるように

お骨をお墓に入れて

法要をしました

亡くなったらお骨になって

それで何もかも無になりお終いならば

骨壷をそばに置いて

毎日抱いて一緒に寝たいです


納骨する時

幼い頃あやしたように骨壷を抱っこして

「よしよし」「とんとん」しました

久しぶりに腕の中に

🌈が戻ってきた温もり感じて

涙が止まりませんでした

ずっと「とんとん」していたかったです


天国へ行かれることだけを願ったけど

私は何も考えず一般の尺度に

流されたのかもしれません


11年経っても

何も変わっていない自分を見ます


深い悲しみ経て死の恐怖を知り

残された妹弟にはことあるごとに

失敗を繰り返さないように

言動に注意している

自分の愚かさの根源を探す日々

生き方は死を意識したものになった

人との付き合いは

相手の命を見るようになった

大地をしっかり歩くことや

墓地が好きになった

dory(🐶)の気持ちが見えるようになった


もし🌈に会うことができるならば

🌈が誇れるママになりたいと願います

まだまだ修行中です