海中のサンゴ見たことある?

「ない」

3月5日でサンゴの日って安易すぎやしませんか?とふと思った。

海中のサンゴは、なかなか見る機会はありませんね。それこそ、スキューバとかやっていたら別なのかもしれませんが、日常生活をするうえで、そういった機会になるのはめったにないことですよね。

とはいえ、サンゴ礁の問題とかって耳にすることもあるので、サンゴ礁や、海のゴミ問題を考えるのには、良い機会だと思いますので、それが語呂合わせだろうと、その意を制定するのには良いことだと思います。

また、何かのきっかけで、その日に当たったとしても、なかなか記憶にとどめられない部分もあるので、印象的に語呂合わせにすることによって、広く一般の方に考えてもらうにはそっちの方が良いかもと、最初の文章を思ったことを反省する。制定した意図などを考えると書きながら良いのかと思う。

 

さて、海中の話が合ったので、海について考えてみる。太平洋沿岸地域になじみのある小生は、山よりも海の方がどちらかといえば親近感があり、水族館なんかも良く行っていたのは、コロナ禍前の話。旅行先とかで、水族館に行くと、その土地の展示などもあり、興味深いものがある。海の生き物の生態もそうだが、そのっ地域のことが知れることがあったりするし、なによりも水族館の志向が凝らしてあり、同じ生き物でも展示の仕方や、種類などで色が見えるのが面白い。

水族館の独特のあの薄暗さは、なんだか勉強するというよりも空気感で、心が落ち着くような場所になっていたりもするので、旅先で時間があるときはついつい行程に入れてしまいがちであるが、まあこのご時世はなかなか難しい。旅をすること自体が。

 

海といっても、海中に限らず楽しむことはできる。幼少のころに、磯遊びだったり、遊覧船にのったりと楽しんだ記憶がある。潮風をあびると、あとでベタついて面倒ではあるが、その瞬間は心地よく感じるもんである。何を見るわけでもないのだが、なんとなしに記憶はしている。

船という乗り物も、水面でしか存在しない乗り物であるので、そこも興味深い。今は理屈を理解しているが、船の半分は、水の中に沈んでいて、それは水を船の中にため込むことによって、バランスをとっているからで、陸から見る船と、陸に上がった船を見るとその大きさには圧倒されるものである。水の上に浮いているのに、水を入れるってなんだか矛盾していないかと、考えたものです。飛行機が空を飛ぶようにね。

 

それから水の中って神秘的だとおもうのですよ。できれば、深海に潜ってみたいとおもうのですが、そういった機会もないですよね実際は。

お風呂で、潜って遊んだりしたときに、音が完全にシャットアウトされる間隔はこの世に一人しかいないような感じがして、さみしくもあり、なんだか世間の音も聞こえなくて安心できたりと複雑な気持ちになった記憶がります。それは、お風呂とか、プールなら底が見えていての上での話なので、対象とはなりにくいのですが、海の中ではまた異なった風景が重なり、また違う感情が芽生えてくるのです。もちろん、足がつくところに入るのですが、沖に出て波にもまれたときは、どっちが上でどっちが下で、訳が分からなくなったこともありましたが、シュノーケルで息を吸いながら体育座りをして海のンかにいると、色々な感情が芽生えてそれを俯瞰すると、人間て複雑なんだなって、おもったかはさて置いて、そんな遊びをしていたのを思い出しました。なんだかずっとそうやっていられるような気がするくらい時間の流れすらも、止まったように見えるのが面白かった。

 

そのせいかどうかはわかりませんが、中耳炎で耳鼻科通いをする羽目になるのですが・・・。

 

今は、コロナ禍といって、出かけるのもままならん状況ではありますが、落ち着いたら近くでもいいので水族館に行ってみようと思ったって話。

 

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