皆様、体調などは崩さていませんでしょうか。

今日で9月も最後に日です。早いものですって思う人は脳に刺激が足りないらしいですという話は置いておいて。今年はコロナ禍ということもあってか、夏が梅雨が長くて、猛暑日が少なかったのもあってか、なんだか駆け足で過ぎ去ったような気がします。

気のせいだろうか。

 

さて、今日は煙草の話。題名に「2」とついているのは昨年も同じ記事を書いています。3年連続ですよ。今年の4月に吸う場所が減ったと思ったら、増税です。6割は税金って苦笑

もしかして、たばこと酒で国債を返済するつもりかっ?こちとら体張って税金を納めているのに・・・辞めろってはなしですよね苦笑

 

この題名は、筒井先生の作品のリスペクトからなんですが、増税とかでイラっとすると幼少の頃に読んだこの話を思い出す。

 

たしか、嫌煙運動が激化して、喫煙差別から喫煙者がどんどん追い込まれ、世界で最後の喫煙者として国会議事堂の上で一服するという話だった気がする。

 

小生が幼少のころは、○○ハラスメントなんて言葉なくて、あっちこっちプカプカしている大人ばかりだった。それを嫌ってはいなかったが、おいしいのかな?ぐらいにしか思っていなかったので、最後の喫煙者も、ただのフィクションとして読んでいたが、今は主人公の気持ちは痛いほどわかり、むしろ国会議事堂の上で警察や、自衛隊を見下ろしながらの一服ってサイコーだろうなと思うぐらいな愛煙家になってしまった。

 

しかしながら、筒井先生のフィクションは未来予想図なんだなと思ってしまった。嫌煙家たちの運動は、今のコロナ警察みたいなもので、市民が市民を取り締まるというものを連想させる。

 

日本てこんなに自分が正しい人ばかりだっただろうかと悲しくなる。マスクをつけたくてもつけられない人もいるのに強制する世界。マスクをしている人が正しいのか?だからって、しなくてもいいのか?

 

個人的には、この情勢だし、もしもの時に人に迷惑をかけたくないので付けてはいるが、それも体裁を整えているだけのような・・・気持ちが悪いな。

 

むしろ、マスクでいろいろとおしゃれをしている人はすごいと思う。逆転の発想だね。どうせつけるならおしゃれな方がよいもんね。

 

持論ですが正義って、一方から見た正義であって、絶対的正義なんてのはないと思っているので、小生も日ごろから「この行動は自分的には正しいと思っているが相手にとってはどうなんだろうか」問うています。相手、理不尽の場合はしっかり戦いますが苦笑

 

さて、今日も今日とてお仕事ですが、休憩時間や移動時間の途中で、コンビニ立ち寄っては2箱づつ購入する。到底、1月後にはなくなって、あがった値段で普通に購入しているでしょうけど・・・これこそ無駄な抵抗ですがって話