残暑厳しい中、皆様いかがお過ごしでしょうか。
小生は、今年は新しい日常のなかで迎える初めての夏・・・とはいってもやっていることは変わらないことに気づき愕然としています。
フェス行きたい・・・でも毎年繁忙期と被っていけずじまいでした。
ということで、実は変わらなかった日常を過ごしています。
さてはて、国民に関係なく首相が決まってしまいましたが、それは見えている世界。
自分の見えている世界が、すべてではないとは思っていますが、一方で想像では物は言えませんし、見えている世界だけではどうも材料が少ない。
だから今回の総裁選も、見えないところで各候補者だけでない人が動き回っているんだろうなと。その結果だけが知らされているような気がする。
なんだか、その様子を見ていると、麻雀をほうふつさせるのです。
見えている世界は、場に捨てられた牌、でもそれぞれの手は進行しているわけです。リーチ棒を出してくれるなら、まだしもだんまりでロンっ言われた日にはたまったもんじゃなし。なので、牌の捨て方、捨て牌の順序とか、どこに入れた方などを見るわけで、そこからいろいろと想像をするわけです。もちろんゲームですから一定のルールはあるわけですが、それをかいくぐって上がり目指す。なんだか、人生のようです。
と考えると真実ってなんだろうかとか思ってしまう。見たものだけが真実ではなく、それはあくまで結果。
言葉にするのは難しいし、聞く方はさらに難しい。麻雀のように同じ言葉でも、状況、表情、しぐさによって、その言葉の意味すらも変わってしまう。
何があったわけではないが、コロナとか、政治とか、なんだか、真実がどこにあるのかわからなくなってきたので、ちょっと考察してみると、本当のことはなんだろうかと思ってしまった。
分かっているけど、マスクってなんでするんだろうか?マスクをすること自体が意味をなしている気がする。よくよく考えると、気を付けていますよってアピールにも見える。ものとして外向きだからわかりやすいが、じゃあ家でどれだけの人が除菌して、手を洗っているのだろうか。
だって、手を洗いましょうってメディアでいうのって、どれだけの人が手を洗っていなかったのか?とむしろ今までどうした?と思ってしまった。いまは、コロナ渦です。みんな手を洗おうって言っているけど、逆に洗わなかった時との差とか知っている人がどれだけいるのでしょうか。真実は、知らぬが仏とか?って話。