ブログネタ:「モンスター○○」、何入れる?
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9月に発売決定してから、楽しみですね。しかしながら、なんというか、秋は映画もすっごくいいのが揃っていて、休みをどう使うか悩みどころです。
暑苦しいとはいいつつも、例年よりはその期間が短く感じるのは私だけでしょうか?それとも、これからもつづくのだろうかと、額の汗をぬぐうばかりです。短期的にみると、記録的な夏の暑さのようですがね。
それにましても、ゲリラ豪雨という名称はなんとかならぬだろうか?その名称だけは恐怖心をあおるようで、なんだかなあと思う。確かに、ゲリラと呼ぶにふさわしく「おや?」と雲行きに気づいたら、ざーと降りはじめたりすると思ったらけろっとやんでいる。なんじゃこりゃって感じ。
でも、昔からこの季節は夕立というものがあって、その延長線上にゲリラ豪雨があるんじゃないのかしら?だったら夕立でもいいのではと思う。どうかな?
いやいや、夕立の話はおいておいて、本題へ。
モンスターといえば、最初に浮かぶのはハントですが、いろいろとモンスターという映画もあります。どくどくモンスターとかね。モンスター=化け物ですが、最近はモンスターという名の映画で、人間のモンスター性を訴える映画が多くあるし、世間ではモンスターという頭文字の名称も増えつつあります。やっぱりというか、なんというか、モンスターは人間の中にいるのかもしれませんね。
美女と野獣にしても、フランケンシュタインにしても、実は心やさしきモンスターであったりします。むしろ、みためがモンスターよりも、心のモンスターのほうが怖いですね。人間が相手だけに、にんにくや銀の十字架などはきかず、それでもあいたいしなければならぬのですから、モンスターハントも本当に気苦労します。
しかしながら、どうして、このようなことになるのだろうか、それこそ常識という言葉でくくりたくはないが、人を思いやる気持ちとか、相手を慮る気持ちなんかが欠落しているように思えてならない。確かに自己主張は大切だけど、相手を傷つけてまで成し遂げる価値があるのだろうか?と傍目に思ってしまう。
今一度、そういうところを考えるときに来ているのではないでしょうか?少子化が進む中で、学力優先の学校教育よりも、人間を育成する家庭を。むしろ、人間の心を育てる教育を家庭でできる環境作りが大切なのかもと考えさせられる。本当に日本の教育はどうなっていくのでしょうか?
昔は道徳という、まったくもってその当時は休み時間ぐらいにしか思っていなかった時間が大切に思えるようになりました。口だけじゃなくて、体現しないとわからないこともある。人を信用する。
口では簡単に言えるけど、難しい問題。だいたいにして、日本の法律というか、生保、年金など、正直者がばかを見る性善説にのっとって作られている。それはその頃はよかったのかもしれないけど、正直者がばかを見る世の中なんて、本当にどうにかしてほしいものだ。だけど、世の中にはこびるモンスターをハントするのは至難の業。それだけ、モンスターが世の中にははこびっているということだ。なんだかなあ。
人の基本、人を信じる心はどこへ行ってしまったのだろうか。そんな世の中に本当に辟易してしまう今日この頃ですって話。