ブログネタ:回転寿司、いつも何皿位食べる?
参加中
本当になんとなく、なんとなくなんですが10皿ぐらい食べないと申し訳ない気分になるので、いつもそこが基準になっている。まあ、それだけ食えばおなかいっぱいなんですがね。
とはいえ、回転すしの場合はそんなもんですが、桶だといくらでも食べれるような気分になるのはなぜだろうか?やっぱり一枚づつ重なる感じが、おなかと財布への圧迫感を与えているのだろうか。それは不思議なことです。
なんというか、まあうまいよね寿司。そして、10皿のローテはだいたい決まっていたりするので、まあ、おなかすいていても、おなかいっぱいでも、だいたい同じようなもんだ。
つまらないくらい同じようなもんですね。
というか、回転すしの良さは回転しているところをみているうちにおなかがいっぱいになってしまうのではないかと思う感じ。それも原因なのな?いろいろなネタが回っているのにもかかわらず、アレモイイナコレモイイナと言っているうちに、結局、いつもと同じものを食すにとどまる。冒険しないタイプなんだよね。きっと。
だいたいにしても、最初からとりあえず的に頼み始めるもんだから、そのままながれていく、ちなみに最初は卵から行ったりする。それから、エンガワ、赤身、ねぎとろ、イカと流れていく、ふむふむとしてながら、さてはてここまでは一緒だけど、こっからどうする?と考えているうちにサバ、コハダと光りものをせめてから、エンガワをいってから最終的に赤身で占めるというところ。そして「結局いつもとかわらないなあ」って話になる。
自分のことながらここまで、自分の枠にはまっている状況に行かんともしがたいもんだ。
というものの、なんでも意外とそうだったりする。ラーメンにしても、なんにしてお、同じ店なら冒険はあんまりしないというより、選ぶのが面倒なのかもしれない。かき氷もレモン味、ラーメンは決まった店だとここならネギ味噌、ここならとんこつなど、だいたいにして決まっている。あげくは、ファミレスですら、メニューが決まっているのである。う~んコストパフォーマンスと食べたいものが一緒だから致し方がない。とはいっても、逆にそれが食べたいからこそ、その店に行っている部分もある。それもありだが、だいたいにして、おなかすいたなあ→あっここにこんな店が!とおもっているうちに、いつもの通りになっている。
だからというわけではないですが、旅行などで知らない土地に行くとかなり悩む。悩んだ挙句食べないという選択肢も出てくる。まったくもって不便な性格であると自分ながらにお思ってしまうのですってあ話。
本文はここから