突然ですが、アガスティアの葉について。

実はつい最近リーディングをして頂いたので、それも記録しようと思います。

中にはちょっと興味がある方もいるかな?

 

 

 

アガスティアの葉との出会い 

 

ずっとずっと昔に遡ります。

今から30年ぐらい前でしょうか、大学生当時に読んだ書籍で初めてアガスティアの葉の存在を知りました。

 

30年前と言えば馴染みのない方もいるかもしれませんし、empty-nesters世代の方は覚えているでしょう。

そう、ようやくコンピューターが教育機関や職場に浸透し始めてきた時代です。

 

まだまだ画面はDOSで、黒画面に白い文字。ワープロ画面とそんなに変わらないじゃん?っていう時代でしたよね。

 

ですから知識の源はやはり読書だったわけです。

 

もともと活字中毒で、本好き、さらには日本語を学問として研究する為に大学に入ったぐらいですから、本で様々な知識を得ていたわけです。

 

 

アガスティアの葉との出会いもその中の一つで、何千年も前の聖人が、今を生きる我々一人ひとりについての預言書を残している、という壮大なロマンに打ち震えた衝撃は今も明確に覚えています。

 

とはいえ、ネットで調べものすら一般的ではなかった時代。

自分のアガスティアの葉を読んでもらうというのは、もちろんインドに旅して、しかるべきお坊様から読んでいただくという、大変難易度の高いものでした。

 

 

 

 

ひょんな再会 

 

壮大なロマンに震えたことも忘れ、毎日毎日子育てだの仕事だのに忙殺され

気付けばほぼ30年も経った今年、ひょんな流れでアガスティアの葉を思い出すこととなりました。

 

 

最初はスピリチュアルへの傾倒真っただ中で、「個人アカシックレコードリーディング」を受けたいと思ったのです。

アカシックレコードについてご存じない方、すみません。

たくさんブログや動画がありますので、興味があればご参照ください。

 

 

自称アカシックレコードリーダーの方は沢山いらっしゃって、

みなさんの動画を沢山見たり、ブログを読み漁って、一人お願いしたいと思える方を絞りました。

 

ブログのメニューに、日本円6万円、リーディング内容を約20ページにわたって要約したものが付いてくる、サービスに惹かれ思い切って問い合わせをしたのです。

 

もうこれで、私の未来や使命が教えてもらえるキラキラ

自分探し真っただ中の私の期待は膨らむばかり。

 

 

週末にもかかわらずお返事が届きました。

 

が、今はもうご自身でのリーディングは提供されていないとのこと。

その代わり信頼できるお弟子さんを紹介できる。と。

 

 

これは結構悩みました。

私の中ではもうこのリーディングに縋る気持ちが固まっていましたし、

この先生にリーディングをしてもらいたいと思っていたから。

 

通常私はメールの返信をお待たせすることはありません。

特にこちらからお願いしたような内容であれば、尚更間を置かずに返信をします。

 

 

だけどこの時は少し考え込んでしまいました。

お弟子さんにお願いしたい気持ちと、なんだかタイミングが合わなかったのかな?という猜疑心があって、Goすべきかどうか悩んでしまったのです。

 

 

 

 

目に見えぬ導き!? 

 

そんな次の日、セミナーで知り合った方と個人的にお話する機会がありました。

 

その方はご自身でも催眠セラピーなどをされる方で、

前世を知るお手伝いなどもされているそうです。

 

私は自分の頭の中でストーリーを作り上げてしまう、妄想や想像が大変たくましいので、催眠セラピーなどでも、どこまで純粋に何かにアクセスできるのかが不安です。なんだか自分の都合の良い話を作り上げてしまいそうで、受けたいと思えません。

 

 

その方に、アカシックレコードリーディングに申し込んだら断られてガッカリしているという話をしたところ、

「知り合いが先日アガスティアの葉のリーディングしてもらったと言っていた」

と言うではありませんか!

 

アカシックレコードとアガスティアの葉は、ある意味同種です。

 

アカシックレコードと呼ばれる、宇宙の記憶の保管場所に今アクセスしてリーディングをしてくれるのがアカシックリーディング、

 

一方このアカシックレコードと多分同じものに、数千年前にアクセスしてそれを聖者アガスティアが書き残してくれたもの、これがアガスティアの葉だと思っています。

 

 

私のような凡人には本当かどうか分からないアカシックレコードからの言葉を頂く、ということに変わりはないのですが、

 

「先生の代理」ではなく、アガスティアがすでに読んでくれたもの

 

こちらへの信頼感が断然あるのです。

だって数千年前にもうやってくれている、というのですから。

 

そして壮大なロマンを既に感じているんですから。

 

 

問い合わせにお断りを下さったメールにすぐ返信ができなかったのも、

私らしくなかった割に、こうした目に見えぬ大きな流れの中での必然だったように感じます。

 

30年も前の記憶の片隅に行っていたアガスティアの葉。

 

断然情熱が再燃焼してしまいました。

 

 

 

パンデミックの恩恵 

 

周知のように、2020年からのパンデミックは、現世に大きな大きな影響を与えました。

多くのものごとがオンライン化し、人々の働き方から生活の仕方まで変えてしまいました。

 

 

私のアガスティアの葉への夢にとっては良い変化と言えます。

インドに行かなくても、オンラインでリーディングが受けられるというのです!

 

 

これも知り合いに教えてもらった業者さんをはじめ、沢山ブログや動画で調べて比べて、インドの旅行会社さんの提供しているリーディングに申し込みました。

 

不思議なご縁はあるもので、こちらも日本円6万でした。

最初に申し込もうと思っていたアカシックリーディングと同額。

 

アカシックの方は丁寧にお断りしました。

その先生も、貴方(私)にとって一番良いタイミングで現れるものを選ぶのが良いと思います、と快くお弟子さん紹介は引っ込めて下さいました。

今もその方の動画やインスタ投稿を楽しく見ています。

 

 

さてさて、6万円ですよ。

 

ここでまたちょうど夏のボーナスの時期で臨時収入。

夫に、自分のボーナス分でこれに申し込むと宣言しました。

 

 

その後また宗教じゃないかとか、芋づる式にお金を取られるシステムがあるに違いないとか、散々夫から意見をされましたが、私には30年越しの夢の一つが叶う訳で、文句や警告を言われることに心底傷つきながらも(HSPですからね!)、ダンマリを通して申し込みました。

 

 

一つ計算外だったのは、3か月待ちだったことですかね。

もう心に期待の炎がともっているのに、3か月おあずけ~

 

 

 

そして? 

 

途中で一回、約3週間前の日程が空いたから移動するか?という打診がありました。

 

だけどね、アガスティアの葉って、開いたその日から先のことが書かれているもので、私には最初の予約日(3か月待ってた日)の方がふさわしいと思えたから、はやる気持ちを抑えて当初の予定まで待ちました。

 

なんだか、運命の日は当初の予約日だって気がしたので。

 

 

実際のリーディングはZoomで3か所中継で行われました。

私にとっては朝4時半からのスタートで、終わったら7時半、大体3時間掛かりました。

 

アガスティアの葉を読むお坊さん、その古代タミール語?を英語に通訳する通訳者、英語を日本語に通訳する通訳者の3名が、読解にあたってくれました。

 

3人が3時間かけて6万円ですから、私にとっては夢の代償としては高く感じませんでしたよ。

 

実際英語に問題はないんですが、インド人の英語は独特なので、正しく理解するために日本語通訳もお願いしました。

英語自信ある人は、どっちでも良いと思いますが、私は日本語でメモしたかったので日本語通訳を入れて良かったです。

通訳さん(インド人)が日本語を考えている間に、英語から聞き取ったことをメモし始めてたので、確認しながら書き留めるということができました。

 

*英語で聞ける方は、もう少し料金が安く設定されていましたよ。

 

 

 

 

そして 2 

 

リーディングの内容は、差しさわりの無い範囲で次回書いてみようかな。

 

今日は、リーディングを受けてどうだったか、に絞ります。

 

 

このリーディングは8月の終わりに受けたのですが、

まだ自分は「何者か」になる憧れや期待、きっかけやヒントを探していました。

 

だからこのリーディングで何か答えが出るんじゃないかと思ったんです。

あなたは将来〇〇な活動をしていきますよ、みたいな。

 

 

そういう意味では全く肩透かしでした。

 

分かったのは、ただただ平凡に穏やかに今の生活をしていそう、ということでした。

 

でもその有難さがなんだかジワジワ実感できてきて。

リーディングから数日かけて、「すごいこと」が起こらなそうな未来と

「幸せそう」な未来を自分で受け入れる時間を持ちました。

 

 

「何者でもないし、特別な何者にもならない」

 

特別じゃない。

 

普通に生きられる。

 

家族も幸せそうだ。

 

 

 

6万円の代償としては地味すぎるほど地味でしたね。

 

でもこれがやっと私が地に足が着いた瞬間、だったのだと思います。

 

自分探求をしながらもどこかフワフワしていた部分があって、

それはキラキラした何か大きな変化があるのでは?という

期待とかそういうものだったのだけど、

スピリチュアルへの誤った傾倒だとか、目に見えないものへの妄信だとか

 

それがやっと、しかも自分がすごく憧れたロマンから

あなたは普通の生活を送るよ

と言われたことで、すっごく重力を持って自分の中に落ちてきた。

 

 

ああ、無理に変化しようとしなくて良かったんだな。

 

空っぽだと何となく気づいてしまった自分が、

どう羽ばたけるのか期待と不安でいっぱいだったけど

丁寧に毎日を生きることが大切なのか。

 

そんな風に受け止めました。

 

 

そもそも波乱万丈なく、家族と友人に囲まれて

お金の心配も病気も老化以外は特になく生きてゆけそう。

 

これって究極最高じゃない?

 

アガスティア先生、ありがとう。

正直特別感やリベンジ感ゼロで、ちょっぴり残念ではあったけどさ、

でもこれで良いよ。

そう思えました。

 

 

ただね、大筋では穏やかに幸せに、さらにお金に恵まれて生きていけるなら

できれば何か命を燃やすというようなことも、したいのよ。

 

そういう欲はやっぱりあるわけよ。

 

有名になりたいとか、使い切れないほどの大金持ちになりたい、皆から認知されたい、というのとはちょっと違うんだけど、

飽きっぽい自分の性質をもってしても、何かに熱中して打ち込みたい。

そんな気持ちがかえって強くなった気もしているんです。

 

 

ここでは初めて書くけれど、

私は絵本を書いてみたいと思っているんです。

 

絵本というと絵を描く方がメインの人が多いと思うんだけど、

児童向けのお話を書くという方が正しいかな。

絵は別の人に描いてもらうつもり。

 

 

もともと書くという作業が好きだし、

頭の中でストーリーを作るのは、呼吸をするぐらい自然にいつもやっている。

 

だからと言って作品ができるとは限らないんだけれど、

頭の中に一つタイトルが浮かんでいるお話があって

それを書いてみたいとずっと思っています。

 

 

ただここの所自分探しの中で気分のアップダウンも大きく、

仕事も行き詰っていたりして、自分が書きたいお話の世界に

気持ちが持っていけていない。だから全然書き進められない。

 

その割にブログなんかを書いているんだけど、

これは今の気持ちとか頭でぐるぐるしているものを、少しでも出してしまえば

もっと余裕を持って自分が入りたい世界に浸れるんじゃないか?

そう思っています。

 

 

それにアガスティア先生にも、新しいことを始めるのは2024年2月以降と言われました。

 

絵本の絵に協力を約束してくれた友人もいて、

あとは私が書き進んだら良いんだけど、今は急いで小手先で仕上げる時じゃない。

本を書きたいなんて、飽きっぽい私だから最初で最後の1冊かもしれない。

 

だからこそ、マイナスなものは持ち込みたくない。

そうやって機を伺っている内に機を逃すのがHSPの常套だけど

そこは夢を枯らさず、必ずお話を書いてみたい。

 

書いてからどうするの?

どうやって売るの?

自費出版して配るの?

 

 

そんなことはまだ分からない。

高い趣味っていう結果かもしれない。

でもやってみたいこと。

 

今自分を空っぽにして得られることが何にせよ、

再出発する時には絵本を書きたいんだ。

 

 

そう思ってたことを忘れないように、ここに書いておく。

何度も自分でLet goさせてしまった夢や意思を

今度はちゃんと自分の手で形にしたいから。

 

HSPは考えすぎちゃって尻込みしちゃうし、

HSS型は移り気だから、実現しなかったことは闇に葬っちゃう。

 

今自分の中にある小さな小さな種を、今度は何とか育ててみたい。

 

 

ちょっとこの辺で、自分自身や環境的なユニークな部分をリストしてみたいと思います。

 

 

不可抗力なユニークさ 

 

まずここでは、自分では変えられないけどユニークな特性と思っている所。

 

グリーンハート 何の役にも立たない共感覚:私の中で文字と数字は明確に赤か白に分かれて
います。そのルール性は「偶数は赤、奇数は白」という以外にはあまりありません。

多分自分自身でしか分からないし、白のグループが嫌いです。(笑)

 

赤の文字の例:0 月 たちつてと 利 勝 時 漢、など

白の文字の例:3 さしすそ 川 育 日、など

 

規則性は不明です。あえて言うなら画数の多い、角ばった文字に赤が多く、丸っぽい余白の多い文字には白が多いです。熟語の場合は最初の文字の印象に引っ張られる場合が多いです。

 

なーんの役にも立たず可哀そうな特性なので、せめてここに残しますキョロキョロ

 

 

グリーンハート 数字が苦手:計算が苦手なのとは少し違います。例えば、目で見た数字をタイプしなくてはいけない時。ほとんどの場合正確にタイプできません。

テキストは 398720 だとしても、打ち込むと 938620 などになってます。謎過ぎて何故かが自分でも分かりません。

特にテンキーでのタイプでミス率が高いです。だから経理の仕事は絶対に向きません。本人の中では正しく打っていると思っているので、尚厄介です。

 

昔プッシュフォンやダイヤルフォンだった際には、電話を掛けるのが難しく、よく間違い電話をかけていました。多分押し間違えていたんでしょうね。HSP気質も相まってか、電話を掛けるのは恐怖なことの一つです。

今はスマホの普及で、アドレス帳からクリックで電話が掛けられるので大変助かっています。

 

また、タイピングだけではなく、数字で物事を捉えたり覚えるのが大の苦手です。4割と言われた時、それが多いのか少ないのかが判断できません。

打率だったら物凄いですし、仕事の完成率だったらとても低いですよね。4割といったら必ず多いとかっていうルールが無いので、無理です。

また昨年比とか言われても、「昨年を表す数値」が全く出てきません。

文脈の中で理解はできますが、それを覚えていて「昨年より2割上がった」と言われたりすると、昨年を覚えていない上に2割の理解が苦手なので難しい。

 

ここだけみたら、一般企業ではとっても使えない人間ですよね。

それを補うために日々神経をすり減らして頑張っております(笑)

 

 

 

環境的なユニークさ 

 

グリーンハート 結婚前に育った家庭は、100%女家庭でした。祖母・母・私という、男っ気の無い家でした。

 

結婚し子供が生まれてからは、80%男家庭です。自分以外は夫・息子3人というアウェイな家です。

 

こういう両極端な部分が多いなと感じます。

 

グリーンハート HSS型HSP:既に先の記事に書きましたが、これも敢えて言えば2つの反する気質の同居と言える気がします。外向性(正しくは内向性に端を発する外向性)と内向性の共存で、自分自身でも難しい気質と思います。

 

 

グリーンハート 乙女座B型:これも一般的に言われる傾向の中で、大変相反する気質だと思っています。神経質VSルーズな部分が、自分の中で同居しており、自分で嫌悪感を抱くことが多いです。

 

 

グリーンハート 新月生まれ:月の欠損というものも(これまた聞きかじった程度の知識で恐縮ですが)、自分を知ることが難しい環境的要因の一つかもしれません。

占星術界隈で、5年ぐらい前に権威と呼ばれるような先生が提唱した考え方だそうです。

 

ほとんどの人は「星座占い」というと生まれ月に代表される太陽星座というものを星座とするそうです。

占いの本などで〇〇座の基本性格、△月の運勢などという時は大体この太陽星座が使われるのだとか。

 

それに対し、生まれた日に月がどの星座にいたか、ということで占う月星座というものもあるそうで、中にはこの月星座の基本性格が強い人もいるんだって。

 

私は生年月日から星座が分かるサイトなどで調べたら、太陽星座も月星座も乙女座でした。これは後に知ったのですが両方の星座が同じ人は月のない夜、つまり新月の日の生まれなのだそうです。

 

私月が大好きなんですが、生まれた日には月が祝福してくれなかったようです。

 

 

さて月の欠損という考え方は、簡単に説明するのは難しいので(笑)、興味がある方は調べてみてください。動画系の方が少しは分かりやすいと思います。

それによると新月生まれ私の場合は「乙女座の性質を持っていると思い込んでいるけど本当はその部分が欠落している部分(月)、本来の性質は乙女座の性質(太陽)」という大変理解しがたい状況になっております。

真顔

 

 

「月星座の性質」は自分が憧れていたり、そういう自分と思い込みたい性質をさしているようで、生まれつきの自分には無い性質なのだそうです。

そしてその欠損に自ら気づけたとき、初めて本来の太陽星座の性質を活かせるようになる、とまあザックリした理解はそのように受け取っています。

 

私自身は「月の欠損」(つまり乙女座らしいと自分で思っていたことが、実際はなかったということ)が、実は最近実感としてあって、「自分はなんと思い込みの自分像で生きてきたんだろう」と反省したところだったので、すごくすんなり入って来る考え方でした。

 

ただ今もよく分からないのは、じゃあそれに気づいたことによって、どうやって無いはずの乙女座の性質を今度は太陽星座として今後開花させてゆけるのか?

だって、乙女座の性質である限り、月であっても太陽であっても、同じじゃん?

赤ちゃんぴえん

 

 

どこかにこの謎が分かりやすく解説されていないかしら~

詳しい方はコメントで教えて頂けたらありがたいっ。

 

 

 

自分と向き合う意味 

 

 

「月の欠損」という言葉を知ったからそれで気づいたように思えたけど、

HSPと一緒で本来自分では何となく分かっているのに、気づかないフリやなんでもないフリをしてきた部分だったし、大きく自分の軸を揺るがすものでした。

 

もうアラフィフまで来ちゃったけど、でも自分というものの捉え方がいったん白紙になる経験というのは、どこかでは必要な気づきだったのだろうと思います。

 

いつもどこか納得感と絶対的な自信が無かった自分。

 

自分大好きだけどほんとは何も無い空っぽの自分。

 

できると思われてるけど失敗したくないから挑戦しない自分。

 

勝てない戦を嗅ぎ分ける能力の高さと、そこを回避する姑息さ。

 

他にも外見的に、同年代に比べたらまだ若く見えると思っている部分と、不意に撮られた写真に写りこんだ完璧オバサンの自分の乖離。

 

ずっとラッキーだったけど、幸せだったかは「?」な自分。

 

 

人前ではずっと「外向きの自分」をやってるけど、その裏には自分でも好きではない自分が同居していることをずっと知っていた感覚。

 

しまいには、ずっと人の意見(特に母親と夫)に沿う答えを出していた、つまり自分なんてものはどこにもなかったじゃん、って思った。

 

この歳になって「自分が無い」って究極の結論に至って、ほんと泣いた。

泣いて泣いて、サッパリした。

 

泣くってなんだかよく分からないけど、言いたくて言えなかったこと、認めたくなかった自分の姿、そんなのに対する負の感情を流し出さなきゃやっていられないと思った自然反応だったと思う。

 

悲しくてとか可哀そうでとかじゃなく。

 

よく頑張ったねって人から頭をなでられるのと同じような効果かな。

涙にして流し出して、ようやくこんなに溜め込んで頑張ったね、って自分に言えた瞬間だったのかな、って今は思います。

 

 

ここ数年は特に、感情の起伏がすごく乏しくなってしまっていて、

喜怒哀楽があんまり湧いてこなくてフラットな感じだった。

 

今年とあるセミナーに入ったことで、沢山エネルギーの高い人に会って感化されたせいか、元々の豊か過ぎる感受性が少しずつ解き放たれたのかも知れません。

感受性が豊かなのは良いことだけど、生き難い。

色々な事を諦めちゃった時に、感情も上手に蓋をすることを覚えたのかな。

大人になるってそういうこと、って分かったように自分に言い聞かせてさ。

 

 

今はもう、特に感動方面の感情の溢れが止まらず、よく動画を見ては滝涙を流しています。良い話も悲しい話も、嬉しい話も、なんでも感極まって涙が出てくる。

恥ずかしいので人がいる時は見ないけど、なんだか感情がリハビリ中なのかな~って思います。

 

 

この記事の上の方に書いた、対極的な二面性のある自分の色々な部分に、なかなか自分も馴染めない青春時代を過ごしたけど、これからは少し自分自身の受け取り方が変わってくるのかなぁ。

 

もしここから先、太陽星座の乙女座の性質をしっかり手に入れることができるとしたら、それはどんな自分なのかなぁ。

 

星座の性質を抜きにしても、いったん自分は虚像だったと気づいた私、これから自分とどうやって向き合っていくんだろう。

 

変われるという気持ちと、不安な気持ちが入り混じっているような感じで、それが今回ブログに綴っておこうと思ったきっかけかも知れない。

HSP的にそして乙女座的に、とにかく休みなく思考し続けてしまう癖があるから、一度思ったことや気づいたことも、その後の思考で覆い隠されて忘れちゃったりする。だから、今すごく大事な時期と思っているからこそ、残したい。

 

子の親離れをきっかけに、empty nestの中で自分を見つめ直す。

こんな時期が遅かれ早かれみんなにもきっとあるのだろうと思う。

私はもうすぐ50になっちゃうけど、でも外からは分からない自分との向き合いという大きな戦いをしている人に、少しでも役立つことをシェア出来ていればいいな。


   

前回の記事で、最近HSPという定義(?)について知って

さらにそれに自分が大いに当てはまっていると、確信するに至りました。

 

それでも、ちょっと全部は当てはまらないけど。まあ100%全員が

ステレオタイプではないよね、というぐらいで受け止めました。

 

でも興味を持ったことはさらに追究したいタイプ。

記事を書いた後でもっといろいろな資料や動画で勉強しました。

 

その結果、「HSS型HSP」というタイプがもっともしっくりくる気がします。

専門家ではないし、専門家の診断を受けたわけではなく

YouTubeなどの自己診断みたいのですから、本当かどうかは分かりません。

 

 

 

ちょっと余談 

 

ちなみに、パソコンでの記事編集と、スマホからの編集では選べる見出しのデザインセットが違うんですね?

この木の枝っぽい茶色の見出しが気に入っていますが、スマホアプリには無かったような。。。

 

それにしても、以前ずっと昔にアメブロを数年書いていたことがありました。

ちょうどアメブロが発足したあたりだったと思います。

育児日記ブログを書いていて、結構読者さんもいたのですが、その分毎日更新しなきゃって自分にプレッシャーをかけてやっていました。

 

当時もアフェリエイトはあったけど、そういうのは付けず純粋に記事だけ書いてましたね。

 

だけど今回empty nesterブログを2月頃発足させてからは、

紆余曲折、何度もストップしたり路線変更したりを繰り返しています。

以前の自分にはこういうルーズな感じ?は許せませんでした。

 

それでも自分のアプトプットに使う、と決めたブログだから

誰かの期待の為にやるのじゃなく、自分が書きたい時に書きたいことを書けばいい、そう思っています。

 

今年の自分探しの結果、変わったことの一つかな~。

HSPだと分かったのも、自分のハードルを意識的に下げてあげることで

生きやすくするための学びだったのかも~

そんな風に考えています。

 

 

 

社交性と好奇心 

 

HSS型HSPというタイプは、必ずしも引きこもってしまう人ではなさそう。

そんな点が当てはまると思います。

 

接客などの仕事もどちらかというと好きだし、

今は企業の新人教育もやっているので、沢山の新しい人に出会う仕事です。

 

さらに割と話もできますし、人前で話すのも特に苦痛ではありません。

 

この辺が、好奇心からくる刺激を求めがちというHSS気質のようです。

だけどもちろんベースはHSPですから、

ワーッと人の輪に交じった後に、疲れ果てて数日一人でいたい感じになります。

 

他人相手には、その人の経験してきたことや考え方を聞き出すのが大好きで(家族の〇〇がどうしたこうしたは興味ゼロ)、色々と熱く語ってもらうのは好きですが、ある程度その人が分かったと思った瞬間、興味を失います。

なのでその人の事を良く知っているけど、長いお付き合いはしていないという人間関係が量産されます。

 

 

悪口や愚痴を言う人、かまってちゃんは大の苦手です。

職場の人であっても、そういう事ばかり発信している人のSNSはブロックしたりします。

 

女性だけど女性との付き合いが苦手です。

一対一で楽に付き合えて、長く大切にしている友人は沢山います。

だけど学生時代などに、女子グループに所属するということができませんでした。

 

みんなで悪口で盛り上がったりしたくないし、その場のメンバーによって槍玉に挙げる人が違うとか、好きではないものをお揃いにしなきゃいけないなど、とにかく馴染めないので一匹狼的な部分が強かったと思います。

 

 

 

あとは好奇心というか興味を持ちやすく、すごくのめり込むわりに冷めやすい。

だから道具とかハウツー本が揃っているけど、続けていない趣味活動などが沢山あります(笑)

自分の「続ける」根性の無さを、すごく嫌いというか自信が持てない部分だったけど、「そういう性質」って割り切ったら、「あ、またやっちゃった」ぐらいで楽に思えるようになるのかも。

 

 

最近では占いとかスピリチュアルに傾倒していた時期があって、

随分タロットカードの意味や、アセンションなんてことにも詳しくなっちゃったけど、今少しそれが冷めつつあるのも感じます。

 

ベースの部分ではスピリチュアルなことが昔から好き、という傾向はあるけれど、それについて調べたり積極的に関わるというのは、時々やって来る一時的な波なのかも知れません。クラフトなどもそういう範疇かも。

 

ちなみに現時点での興味は何週目かの宝石ブームです。

今まで一度も好きだと思ったことのない赤い石にとても惹かれています。

誕生石がサファイアなので、手持ちはダイヤとサファイアが9割以上です。

 

 

でもこの「HSS型HSP」って、理解されにくい性格なんじゃないかな、とも思います。

自分自身が苦しむのはHSPの所だから、それは上手く自分を甘やかしてやるところで調節できそうなのですが、他人に対しては、明らかに人嫌いというわけでもなく、仕事ができないわけでもなく、それなのに繊細だからできないところがあります、って主張しにくい。

 

 

 

職場において 

 

 

ついこの前、仕事に行き詰り感がすごくあって、こなせない自分に嫌悪感があったんです。元々処理能力は高い方だと思いますが、簡単なミスなども出てきてしまって、「老化」なのか?と落ち込んだり、実はデキナイ奴だったのかと落ち込んだりして、本気で辞職を考えていました。

 

 

なんだかんだあって、今も仕事は続けていて楽にはなっていないですが、

上司に、「あれこれ仕事をふられて、20個ぐらいの全く(それぞれに)関係ない仕事が今タスクとしてあります。でも、私はこういう時に優先順位をつけて何かを切り捨てるということもできず、手を付け始めたことが終わらずに次に移ることもできず、とにかくパニック状態でとても辛いです」と伝えました。

 

これ、HSPの事知る前だけど、本質ついてたと後から思いました(笑)

 

 

じゃあ上司が仕事を減らしてくれたかというと、そんな都合よくは行かずえーん

 

 

だけど、「今〇〇を優先して、他のは遅れてもいいから金曜日までに〇〇だけは仕上げてね」という指示に切り替えてくれました。

このことは、「後回しにした方の仕事」に対する罪悪感の回避にすごく役立っています。「遅れるのは私の判断じゃない、私の能力不足じゃない」って都合よく思えるようになって、少しずつ気が楽になれそうです。

 

 

まだ一気に全部「上司がこう言ったから」と堂々と他の仕事に遅延を出すのは気が引けますし、できる限りは期日に間に合い、求められるクオリティーで仕上げようと頑張っちゃう所があります。

だけど最終的には上司を言い訳に使って良い、と言ってくれているに等しく、そのように気遣いしてもらうことの方が「休んだら」とか「じゃあこの仕事は別の人を頼るわ」とか言われるよりも、自分の肯定感を下げずに済むと感じます。

 

 

HSPだよっていう人が上司や職場に伝える際、またはHSP気質の部下や同僚がいる方の参考になれば幸いです。

 

あ、でも私のようにアラフィフで仕事歴も人生経験もあるのにこういう話し合いをしなくてはならない場合は、やっぱりある程度整理して「どこはできて、どこはできない」ということを明確に伝えるべきだと思います。

 

「HSPだからできませ~ん」

って放り投げるのはやっぱり30代前半までしか通用しないでしょうw

 

 

HSPは病気ではなく性質ですが、HSPと真逆の性質で悩んでいる方だって、この社会の中には大勢いるのだと思います。

だから自分の部分だけを強調して被害者ぶらず、みんながお互いに尊重するとか助け合うってことはどういうことか、をちゃんと周りを見て自問しながら過ごしたいと思いました。

 

自分が助けてもらうことが他者の負担になることがある、ってことを自覚して

一方的なワガママと混同したりされたりしないようにしたいですね。