フィルターを外して新鮮な目で世界をみる
あえて空気を読まない。あえて人の顔色を読まない。ということをしてみる。なんか、言いたいことありそうだなぁと気を使ってこっちからなんとなく、話を振ってみたり。……をあえてしない。これを母に対してやった時の罪悪感たるや。爆笑私の中に根強く居座るお母さん可哀想。と、私がお母さんを守らなきゃ、幸せにしなきゃ、をそろそろ供養したい。目の前の人は可哀想なんかじゃなくて、一人の自立した大人で、長い人生経験とそこから培った知恵と強さを持った人。そういう視線で、相手を見てみる。それだけのことが、とても難しい。それはつまり 、私がそうしてきた時間の長さでもあるし、私自身がお母さん可哀相、と思ってた方が都合が良かったのね。お母さんを解ってあげられる自分、という価値が私には必要だったのかもしれないね。自分の目にかかったフィルターを一枚一枚剥がして、新鮮な目で世界をみたいなぁ、と今心底思ってます。で、出てくるのが未知が怖いよ症候群ね。笑まったく未知の世界って怖いよね。知ってる環境知ってる場所知ってる人、知ってるパターンのが安心。てどうしても思ってします。でもそれって、本当かな?そもそも知ってるとか慣れてるとか、思っていることが勘違いで、体験することは全部、新鮮なものなのかも知れないよね。そんなことをつらつら考えてる今日この頃。自分でも思う。なんでそんな面倒なことばっかり考えてるのん? ちなみになんでこんなセクシーポーズなのかしらん?