引き寄せられるように
無意識に進もうとする先に
思考の核があって
何層にも囲んだ自我を
脱ぎ捨てれば
そこに光があるのだろうか
光を求め
さまよい続けて
思考するほど遠くなる
迷うほどに
迷いは深まるばかり
無我の深さは
深すぎて
思考に首を振り
掌を眺めては
視界にはいるすべてのものが
疎ましくてしかたない
瞼を閉じて
耳をふさいでは
世俗から回線を切り
世界と繋がる
深きに落ちようか
天を仰ごうか
私はスピリチュアルなものを信じつつも、どこかで恐れのようなものも抱いている。
パワースポットにいくことが、今とてもはやっているようだけど、少し躊躇することもある。
友人はとても神聖な気持ちを持っている人で、すべてを受け止めることができるので、とても尊敬している。
春にその友人に案内されとある神社に伺った。
鳥居は神様の通り道だから真ん中は通らない。と教えられる。
すべてお参りするところはまわり、その日は、さまざまな緊張のため、帰りには朦朧としていて喧嘩になりそうになった。
その友人の誕生日が近づき、その神社近くにあるお店のものを送りたいと思った。友人がとても気にいたものがあったからだ。
きょう思いついて早朝から向かった。
あまりにも早く着きすぎてお店が開いていないため、その神社に向かうことにした。
一人で向かうのは気が重く、そして身体も重かった。
先週は忙しかったのでとても疲れていたのもある。
昨日からのども痛かった。
今朝は神社に向かおうと決めたときから、身体の不調に気づいたのだと思う。
神社といっても敷地が広く、散歩としては少し距離がある。
神社の本宮に行く前に、手と口を清める場所にたどり着いた。
少し緊張しつつ手を洗い、そして口をすすいだ。
そして社に挨拶をした。
すがすがしい気持ちになる。
いつの間にか、のどの痛みが消えていた。
帰りに感謝の気持ちを抱きつつ贈り物を手にした。
友人の導きに感謝する。