こんにちは!江森奈々です。

 

 

今日の話題は、目に見えない世界のお話。

 

 

私は定期的に一人旅に出かけたり、

一人登山をしたりするのが趣味です。

 

 

もちろん楽しいから、

好きだからという理由もありますが、

他にも理由があって⋯



それは普段過ごしている日常の環境、

土地の集合意識から抜け出すことで

新しい閃きや氣づき、創作のアイデアを得る、

内面を見つめて心の整理ができるからです。

 

 

私はエンパス体質なので時々感覚が冴え渡ると

その土地の集合意識が

「エネルギーの巣」のように感じられて、

そこから抜け出る瞬間を体感覚で

感じられることがあります。

 

 

例えば、関東圏から飛行機に乗って地方へ行く際、

離陸してしばらくすると、

何かそれまで自分が属していたエネルギーの渦から

スポッと抜け出たような感覚になります。

 

 

他にも長野方面へ高速バスで移動する際も

ある地域を過ぎると急に身体が軽くなったりして

それまで浸っていたエネルギーの渦から

「今抜け出た!」というのがわかります。

 

 

さらに感度を研ぎ澄ましていくと

いわゆるパワースポットと呼ばれる場所、

三輪山や金鳥山、天安河原を訪れた時に

ある特定の場所を通り過ぎてから

エネルギーが変わるのも感じ取れたりしました。



(「空氣が変わる」と言われる

場のエネルギーが変わるポイントのこと。

それが結界なのか、神域の境界線なのかは

よくわかりません。)

 

 

そういった感覚を顕著に感じたのは、

2020年のコロナ騒動の頃。

 

 

当時、関東圏の集合意識=エネルギーの巣が

とても荒くなって乱れてきているのを

無意識下で感じ取っていました。

 

 

動機はそれだけではありませんでしたが、

その時期、私は単身京都への

引っ越しを決めました。

 

 

京都の中でも近くに自然のある場所へ移り住み、

約3年間そこで過ごしました。

 

 

そして、コロナ騒動が落ち着いてきた

2023年の2月、関東の実家に帰省した際、

あることに氣づきました。

 

 

それは都内の駅のホームで

ぼーっと空を見上げていた時、

「なんかエネルギーがだいぶ澄んできたな~」

と感じられたことでした。

 


それから「もう戻ってもいいかも!」

と心の声がして、

数ヶ月後に実家に戻ることを決めました。

 

 

周囲から「まるでコロナ渦の時だけ

京都に疎開していたみたいだね」と言われ、

振り返ると確かにあの当時、

私は関東に住めなかっただろうと思いました。

 

 

特に関東圏は人口が密集しているので、

一人一人のネガティブな想念が集積すると

ものすごいエネルギーになり

その負荷、影響も受けやすくなります。

 

 

最近、地方に移住する人が増えてきているのも

大なり小なりそういった

エネルギーに敏感な人たちが

自分に合う波長の土地や人たちが住む地域に

住み分けを始めたからとも言えます。

 

 

スピリチュアル系の発信者や

経営者などが多く住む八ヶ岳も

その土地の歴史的背景や

そこに住む人たちの波長に

同調する人たちを呼び込んでいる

ようにも思えます。

 

 

特に標高800mを超えると、

それ以下に住む人たちの

集合意識の影響を受けないという説があり、

無意識下でそういったこともわかって

その土地を選んでいる

(選ばされている)可能性もあります。

 

 

私が一人登山を好むのは、

歩き疲れてくると思考が自動的にストップし、

瞑想状態になるのが心地良いから

という理由があります。

 

 

特に山頂に滞在しているときに

日頃の悩みを思い返すと、

「なんてことない悩みだな~」と思えたり、

案外するっと解決の方法が閃いたりします。



高い山という物理的な視座の高さが、

物事を俯瞰して眺めるという

思考における視点の高さと連動して

思わぬ助けになってくれることがよくあります。

 

 

昔の行者(修行僧や山伏)などが

山に籠って修行していたのは、

物理的に俗界、俗世から離れるという

目的だけでなく、

目に見えない集合意識

=エネルギーの渦からも抜け出して

その影響を極力受けないようにするため

だったのだろうと思います。



日本の高野山に代表される寺院や

海外にある一部の修道院が標高の高い場所に

建てられている理由。



チベットの聖者が標高3000mを超える

高山に住むという云われも

おそらく同じ理由からだろうと思います。



その方が自主独立した存在として

内観を深めたり、

多次元的存在、宇宙と繋がったりする上で

好都合だったのだろうと思います。

 

 

余談ですが、京都はその土地に住む人を選ぶ、

京都に選ばれないとそこには住めない

というような都市伝説があります。

 

 

まるでその土地自体に人格があって、

(土地の神様や精霊?)

そこに住んでよい人を決め

選んでいるという話は

あながち嘘ではないという氣がします。

 

 

私は京都に住む以前から少しずつ

地球環境への意識やオーガニック食材への関心が

高まってきて、洗剤も環境に負荷の少ないものを

選ぶように変化していきました。

 

 

それから実際に京都に住んでみると、

身近でオーガニック食品、無農薬野菜が買えて、

洗剤なども環境に配慮されたものが

普通に売られていて、出会う人たちもそういった

環境に対する意識の高い人たちが多く、

情報交換もしやすい状態にありました。

 

 

京都に住むだけで自然と

そういった意識が高まっていきました。

 

 

今、関東に戻ってきてもうすぐ3年になりますが、

やはり当時と比べると

その点はかなり低くなってしまったな

というのを感じます。

 

 

「郷に入れば郷に従え」という諺があるように、

そこの土地に根づく歴史、常識、伝統、風俗、

価値観、慣習⋯など

に習うことは大切です。

 

 

ただ、良くも悪くも

その土地やそこに住む人たちの影響を

無意識下で受けてしまうので

その選択には注意が必要です。

 

 

私たちは土地に残る記憶=歴史的な背景や

その土地に住む人たちの集合意識、

その平均値に自然と同調していきます。

 

 

本当に自分に合う、自分が求めている土地、

人たちは何なのか?

 


妥協することなく見極めていくことが

人生をよりよく幸せに生きていく上で必要です。



感覚を研ぎ澄ませ、

いろんな土地を旅をすることで

それが段々とわかってくるようになります。

 

 

今のところは私は東よりも

西の方(関西、四国)に

エネルギー的な親和性を感じるので、

いずれそっち方面に

移住することになるだろうと思います。

 

 

(なぜか、昔から北海道、東北、北陸方面に

あまり縁がないように感じています。)

 

 

まとめると、

 

私たちは「エネルギーの巣」という

その土地に住む人たちの集合意識の影響を

無意識下で受けているということ。

 

 

普段過ごしている土地を離れたり、

標高800mを超える場所に行くことで、

一時期的にそうった集合意識の

影響を受けなくすることができる

 

というお話をしました。

 

 

今日のお話が誰かのお役に立てれば幸いです。

 


最後まで読んでいただきありがとう

ございました。

 

 

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こんにちは!江森奈々です。
 
 
今日はちょっと重めな話題を取り上げます。
人間の「闇」の部分について。
 
 
私は幼少期からいじめや差別に遭い、
やがて精神が病んで自殺願望に苦しんでいた時期、
復讐心に囚われそうになったことがありました。
 
 
当時、私をいじめ、差別してきた人たちに対して、
怒りや憎しみを抱いていました。
 
 
自分の人生を台無しにされた、
壊されたという怒りで狂いそうでした。
 
 
そんな時、ある不思議な出来事が起こり、
その復讐心に強烈なブレーキがかかりました。
 
 
その時の出来事について、
2016年頃に書き綴った
自伝の一部を加筆修正して掲載します。
 
 
当時、犯罪心理学も自分なりに研究していました。
また現代の死刑制度についても
いろいろと思うところがあります。
 
 
人はなぜ人を殺めるのか?
復讐心、怒りや憎しみ、恨みを
どのように昇華すればよいのか?
 
 
このお話が過去の私のように復讐心に
囚われそうになっている人たちの
何らかの氣づきになれば幸いです。
 
 
また、人類が繰り返している
戦争、負の連鎖の罠
(輪廻転生の輪から抜け出させないようにする)
を見抜くきっかけや、
この話題を通して、
一人一人がこのテーマについて
考えるきっかけになれば幸いです。


私が過去に読んだ本の中で、
菊池寛の短編小説
「恩讐の彼方に」、「ある抗議書」や
陸田真志死刑囚と、
女性哲学者・池田晶子氏による
獄中での往復書簡をまとめた本
「死と生きる: 獄中哲学対話」が
今回のテーマと深く関連した内容で、
興味のある方におすすめです。
 
(※文章中に一部過激な描写が含まれますので、
苦手な方はお控えください。)
______________________
 
【復讐心に囚われそうになった時】

 復讐したいという衝動や気持ちに駆られそうになった時、なぜか必ず誰かわからない人物の記憶、自分の前世なのか、何かが憑依していたのか、単なる空想なのか、いつかの映画や本で知ったものをそのように錯覚しているのかわからないが、ある一つの映像、場面が私の記憶に蘇った。

その人物とは、男性の戦士のようであった。自分の愛する大切な家族(伴侶、我が子)を殺された恨みから、仇を討つという名目である人物を暗殺することを誓う。そして、何年もかけて綿密に計画を立て、その目的のために自分の感情を殺し、手段を選ばなかった。ただ一つ、その仇を打つことだけに残りの全生涯をかけていた。
そして、ある時、とうとうその憎き仇である人物と対面することになった。それまで執念で追い続けたその人物とようやく対峙し、復讐する機会を得ることに成功したのだった。これで積年の恨みを晴らすことができると思ったが、その仇の人物を思いのほかあっけなく殺せてしまったようだった。その時、目的を達成できた時に感じるであろうと想像していた清々しさは全く感じられず戸惑った。それと同時に、自分がこれまで経験してきた復讐までの血のにじむような道のりを思うと、その仇が自分の手によってあまりにもあっけなく死んでしまったという事実が、なんとも言えない空虚感や悔しさを喚起した。その人物は「こんなんじゃ、俺の恨み、苦しみは晴れない。俺の人生はお前のせいで狂わされた。こんなあっけなく死ぬな!また生き返って、俺に何度でも殺されるくらいでないと気が済まない!」と思ったようだった。そして、その人物はその仇をあと何回殺せばこの憎しみが晴れるのだろうかと考え、段々と狂気を帯びていった。まるでボロボロになった人形のような死体をいくら傷めつけても、自分の中で大きく膨れ上がった憎しみは一向に晴れることはなかった。それに復讐を果たしても自分が奪われた大切な人はかえってくるわけではなく、復讐を果たしたことを共に喜んでくれる仲間さえいなかった。その時、その人物は、復讐しても自分の憎しみは晴れない、むしろもっとそのことによって苦しみが増すことを悟ったようだった。そして、その人物はそれまで仇を討つことだけにすべてを捧げてきた自分の人生を後悔するようになった。やがて、どこか人知れずその後悔と苦しみ、狂気の中で野たれ死んだようだった。

いつも私の中で怒りや復讐心が沸き起こると、その一連の場面、記憶がフラッシュバックするかのように私の記憶に降りてきた。その時の情景、感情、感覚までもがリアルに記憶に降りてきて、私はまるでその人物の人生を追体験しているような感覚に陥った。相手を殺した時の生々しい手の感触が私自身が殺めたかのと思えるくらいはっきりと感じられた。その感覚を持った時、復讐は何も生み出さない、最終的に自分の身すら滅ぼすことになるからやめようという気持ちになり、心理的に強烈なブレーキがかかった。

 その人物の人生のシーンを私の記憶に思い起こさせたのは、心理学で言うところの超自我であったかもしれないし、ハイヤーマインド、過去世の自分、守護霊、もしくは天使など目に見えない外部的な存在なのか、私にはいずれかはわからなかったけれど、ただ言えることは、そのような記憶が自分の意識の中の降りてきた、もしくは呼び起こされたということだけは事実だった。

なぜその時に決まってその記憶が呼び起されるのか理由はわからなかったが、漠然とその人物の気持ちは理解することができた。つまり、私にもその人物と同じような人生の末路を辿る可能性があったのかもしれないという気がした。

そう思えた時、私はおそらく過去世において、何度も道を踏み外してきたのかもしれないと思った。
私のその当時の考え方にはその人物に近いものがあったからだった。自分がこのような人生を歩むことになったことを、周囲のせいにしようとする心があった。その心に身を任せて生きた方が楽だったからである。

自分自身に原因があり、自分自身が自ら生み出した自作自演の人生であるということに目を背けて生きる方が、真実や自分に非があるということに直面しないで済むので楽だと思ったのである。誰かを恨んだり、憎んだり、復讐しようとする気持ちは理解できたけれど、それは流されて生きること、自分を見失うこと、自分の人生を放棄することになると思えた。そして、それは人間としての弱さであり、負けを意味しているように思えた。

私はそういった怒りや憎しみに囚われていた時、漠然と復讐しても絶対自分は幸せになれないし、問題は解決しないという思いがあった。怒りや憎しみに身を任せることは楽ではあったけれど、それでは本質的に自分が一生幸せにはなれないことを直感的に感じ取っていた。

だから、本当の意味で怒りや憎しみを乗り越えるための道を探そうと思った。自分の中に宿り、膨れ上がったこの怒りの感情をどのようにすれば昇華することができるのかを考えて生きるように変化していった。
 
・・・(略)・・・
 
_____________________________________
 
 


最後まで読んでいただきありがとう

ございました。

 

 

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こんにちは!江森奈々です。
 
 
私は保育士をしているのですが、
これまでに一度だけ過去世の記憶を
話してくれた子と
出会ったことがあります。
 

今から約3年前くらい。
当時勤めていた保育園で
出会った4歳児の女の子でした。


その女の子(以後『Aちゃん』とする)は、
同僚たちの間でも
「不思議ちゃん」と呼ばれていて、
時々胡坐をかいて目を閉じ、
まるで座禅(瞑想)をしているかのような
ポーズをとることもあったそうです。


私は当時フリーという立場だったので、
日に応じて0歳児から5歳児まで
すべてのクラスに入っていました。


もちろんAちゃんのいる
4歳児クラスにも入ることがあり、
自然とその子と仲良くなりました。


Aちゃんも私を好いてくれているようで、
よく一緒に遊んでいました。


ある時、園庭に出てAちゃんと
並んで歩いていると、
「先生、あれ見て!龍だよ!」と
空を指差しました。


前方の空を見上げると、
そこには明らかに龍の形に見える
大きな白い雲が浮かび上がっていました。


その日は今にも雨が降り出しそうな
灰色曇が空一面を覆い、
風に乗って勢いよく雲が
移動しているような天氣でした。


けれど、その龍の形をした雲だけは
その手前にあって、
一時停止したかのように
止まって見えました。


私は一瞬目を疑いましたが、
「これは本当に龍かもしれない!」
と初めて思いました。


というのも、その時期、
京都にある九頭龍神社にお参りしてから、
私の身の回りで頻繁に
「白龍」に関する絵やイラストを
目撃するという出来事が続いていたからでした。


それまでに「龍雲」というものが
あることは知っていて、
SNSに投稿されているそれらしき写真も
目にしていましたが、
こじつけで龍だと思い込んでいるだけだと
正直あまり信じていませんでした。


でも、その時見た龍の姿は
ちょっと似ているというレベルではなく、
明らかに龍の形をしていて、
あっけにとられるような様相でした。


おそらくその当時、白龍が私の身近にいて、
自分の存在を知らせるために
様々な形でサインを
送ってくれていたのだろうと思います。


私がなかなか信じないのを感じ取り、
わかりやすく雲の姿で
現れたのかなと思いました。


また、Aちゃんは
その雲をはっきり龍だと教えてくれたので、
そういったエネルギー体を
感じ取れる子なんだなと
改めてその子の特殊な感性に驚きました。


それから数か月が経ち、
Aちゃんは5歳児クラスに進級しました。


その日は5歳児クラス全員で
園から近くの公園に遊びに行くため、
私も一緒についていきました。


公園に着くと、
みんなそれぞれ好きな遊具で遊び始め、
私はブランコのそばで見守りをしていました。


すると、他の女の子たちが去っていき、
Aちゃんだけが残りました。


Aちゃんはブランコのすぐそばの地面に、
なにやら一生懸命を書いています。


「何書いてるの?」とのぞいてみると、
アラビア文字のような記号を羅列していました。


私が「これ、アラビア文字みたいだね。
書けるのすごいね!」と言うと、
突然、「生まれる前に書いてたから」と言い、
その過去世で女性として生きていたこと、
その時の暮らしのことなどを
詳しく話してくれました。


私はそういった話題には慣れていたので、
素直にAちゃんの話す内容を信じ、
「そうだったんだね。」と聞いていました。


その出来事が私が人生で初めて
子どもの口から過去世の話を
聞いた出来事になりました。


私は20歳くらいの時に
自分自身の過去世を
走馬灯のようにいくつも見るという
体験をしていて、
精神世界や前世療法なども
自分なりに研究していました。
 
 
そのため、生まれ変わりや過去世があること、
稀に過去世の記憶を保持して
生まれてくる人たちがいることを
知っていました。


なので、Aちゃんもきっと
私になら話しても大丈夫と
感覚的にわかったのかもしれません。


そして、私とAちゃん2人だけという
話しやすいタイミングが生まれたのも
一つのきっかけになったのだろうと思います。


過去世の記憶を持つといえば、
火星での転生の記憶を持つ
ボリスカ少年が有名です。


ボリスカ少年は早熟で瞑想をする習慣があり、
そのAちゃんと少し似ている点が
あるなということを感じます。


これはあくまで私の仮説ですが、
そういった子どもたちは、
おそらくいつかの転生で
瞑想の習慣を持つ人物として生きていて
精神修行をしていたか?
精神的にある程度鍛錬した
魂なのではないかと思います。


また過去世の記憶を保持していても、
それが現世を生きる上での障害にならない、
(その影響を受け過ぎない)
もしくは輪廻転生についての理解がある、
知識や知恵を持っている、
そういった魂年齢に達した存在
なのだろうと思います。


この地球に生まれてくる時に大抵の人たちは
ほぼ強制的に過去世の記憶を
忘れさられてしまうので、
その記憶を保持するためには
相当な高い精神力が必要という氣がします。


また、輪廻転生を証明する、
あえて過去世の記憶を保持して生まれることで
それらを明かし、人類の進化を促す役目を
担っているケースもあるかもしれません。


今回この話題を取り上げたのは、
過去世の記憶を持って生まれてくる子が
いるということを
私の実体験からも伝えたかったからです。


また、こちら側の受け入れ態勢が整わないと、
仮に前世の記憶を持っていても
そういった子はむやみやたらに
話さないということを伝えたかったからです。


最近では、生まれる前に
自分の母親を自ら選んだことや
胎内にいる時の記憶を話す子どもたちが
広く認知されるようになってきています。


それも人類の集合意識レベルで
以前に比べて受け皿、土壌ができてきたことを
示しています。


でも私の肌感覚では
そういった話題を普通に話すのは
まだ限られた人たちの間だけのように思えます。
 

もう一つ、私が過去に体験した
不思議な出来事があります。
 

それは私が20代後半、
まだ保育士資格を取得する前で、
保育補助員として保育園に
勤めていた時のことでした。


その当時、突然、
一時的な覚醒状態(自己覚知)
に入ることありました。


だいたいその状態は1週間くらい続き
やがて元の状態に戻ってしまうのですが、
数年に1回程度の頻度で起こっていました。


その状態の時に
2歳児クラスの子どもたちと関わっていたら、
突然、一人の男の子が、
「僕は〇歳で~でする、〇歳で~になる⋯」
と具体的な年齢とこれからの人生設計を事細かに
話し始めたことがありました。


その姿は普段のその子の話し方と違っていて、
あまりの異様さに驚きましたが、
私は自分が一時的な覚醒状態に入っていることを
自覚していたので、
もしかしたらその影響を受けて
その子の魂が自らの人生の設計図を
語り出したのかなと思いました。


こちら側の周波数に呼応するかのように
接する相手が変化するということを
目の当たりにした一つの事例になりました。
 
 
また、子どもたちは周りの大人たちが
受け取れる状態になると、
(受容、共感、安心感を感じられると)
稀に魂レベルの会話をしてくれることが
あるのだと思います。


一時的な覚醒状態になると、
まさに中庸(ニュートラル)、
いかなることにもジャッジを加えない、
「ただ在る」という状態に入ります。


そのため、その状態が
周囲にも波紋として広がり、
人の心や魂も自然と開かれるのだと思います。


今日はこれまでに私が保育の現場で
体験したちょっと不思議なお話を
紹介してみました。


最後まで読んでいただきありがとう

ございました。

 

 

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こんにちは!江森奈々です。
 
 
2025年10月末、
世界最大最古のピラミッド、霊山として
有名な「皆神山」に初めて行ってきました。
 
 
きっかけは、そのちょうどその一年前くらい。
(2024年11月頃)
 
 
妹から「こんな場所があるよー」と
皆神山についての
情報をもらったことでした。
 
 
その時、偶然にもToland Volgの
YouTubeチャンネルで
皆神山についての動画を見ていて
その存在を知ったばかりでした。
 
 
「これはもしかしてお呼ばれしてる?」
と感じましたが、寝かせることに。
 
 
そして、2025年夏あたりから
また頻繁に皆神山に関する情報を
見聞きするようになり、
これは完全にシンクロニシティだ!と氣づき、
皆神山に行くことを決めました。
 
 
皆神山は過去に群発地震、謎の発光現象が
起きた場所として有名で、
この近辺ではUFOの目撃情報も
多発しているといわれます。
 
 
実際に足を運び、
どんな場所なのかを感じてみようと思いました。
 
 
それに合わせて、
人生で一度はお参りしたいと思っていた善光寺、
湯田中温泉や竜王スキーパーク(SORA terrace)
も観光してきました。
 
 
今回はその旅の様子を旅Vlogにして
YouTubeにアップしましたので
ぜひご覧ください!
 
 


最後まで読んでいただきありがとう

ございました。




 

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こんにちは!江森奈々です。

 


今日はちょっと不思議なお話をします。


過去の記事で、

私は20歳の頃(正確には21歳くらいかけて)

人生で初めて自己覚知=一時的な覚醒体験

をしたことを書きました。



当時は、膨大な数の自分自身の転生の一部を

走馬灯のように見たり、

自動書記のようなことが起こったり、

別の存在が意識の中に入り込んできたり、

スピリチュアルな能力

(いわゆる超能力と呼ばれる能力)が開花したり、

世の中の真実が見えてきたり⋯と、

様々な不思議体験が頻繁に起こっていました。


おそらく突如として

「変性意識状態」=脳がシータθ波に

入ったことで、

そのような体験が起きたのだろうと思います。

 


それから30歳になり

アカシックレコードリーディングの

セッションを受けた際に、

私の複数ある生まれ変わりの中に

霊的に目覚めた人物がいるそうで、

その人物の影響を受けているためだ

と教えられました。

こういった転生の話題については

また別の記事で詳しくお話しようと思います。



その不思議体験をしていた時期に、

とても印象的な夢を見ました。



それは自分自身が歩む未来を選ぶ

という内容でした。



一つは科学が過度に発達した科学至上主義、

機械文明、SFのような世界で、

もう一つは自然の中で手作業を

大切にしながら牧歌的な暮らしを営む世界でした。



その夢の中で私は見知らぬ存在から、

「どちらの世界に行きたいか?」と

尋ねられました。

 

 

その時、私は迷わず

後者の世界がいいと答えていました。


これを単なる夢の話と

片付けることもできますが、

あれから20年が経ち

40歳を超えた私はあの夢の話が

現実味を帯びてきたことに驚きました。


今、AIの進化が目覚ましく、

それに伴ってテクノロジーの進化や

社会構造の変化もどんどん加速していくことが

予想されています。



私が見た夢の前者の世界線が

まさにその行きつく先の

未来なのかもしれないと思いました。



ムーンショット計画や他惑星への移住、

遺伝子操作(長寿、若返り技術)、

AIが世の中を管理・統制する社会システムも

一歩間違えればディストピアになり得ます。



テクノロジーの進化と共に

それを扱う人類の精神性、倫理観も合わせて

育っていく必要があるからです。



両輪が同じバランスで回っていかないと

やがて悲劇が起こります。



一方で「縄文回帰」「ネオ縄文」と

いわれるような自然に根差した生き方を

選択する人たちも増えていて、

後者の世界線も同時に存在していると感じます。


自然の多い土地へ移住する人、

都市と地方の複数拠点生活を送る人、

ロシアの家庭菜園付き別荘「ダーチャ」

に代表されるような、

食料自給をして暮らし始める人たち、

コミュニティ単位でそれを行う人たちも

増えてきています。



機械による大量生産、大量消費の時代を経て

もう一度「原点回帰」として

手づくりの温かみや

手作業でしか生み出せない価値が

見直されてきています。



また、モノを修繕して長く使うこと、

アンティークの価値も再び高まりつつあります。



最近では日本各地で「蚤の市」も

盛んに行われています。



当時はただの夢の話でしたが、

今になってみて、

現実に私はその二つの世界線が分かれる

分岐点にいるということに氣づきました。


そして、その分岐点に立ってみて思うのは、

やっぱり20歳の頃と変わらない想いでした。


もちろんAIが発達していくことによって

社会がより便利になり、

テクノロジーも進化していくことで

様々な恩恵も受けられます。


ただ、「これから先、あなたは

どのような世界を体験したいか?」

と問われると、

個人の好みとしか理由を説明できませんが、

私の答えは後者でした。

(もしかしたら生まれる前に

すでに決めていることなのかもしれません。)


もう一つ、

私が30歳前後に見た

夢の話なのですが、

おばあさんになってる私が

救急車で搬送されるシーンで、

なんと救急車から出てきたのが

人型のロボットだったことがありました。


私は夢の中で自分が老いて

おばあさんになっていることを認識していて、

数名のロボットたちに担架へ担ぎ上げられる時、

なんとも言えない恐怖心を抱いていたのを

今でもはっきりと覚えています。


おそらくリアルでそれを体験したら、

まったく同じように

怖いと感じるだろうなと思います。



「ああ、夢でよかった」

「その世界に私は生きていたくない」

と思ったのが、

夢から覚めて感じた感想でした。



日夜進化を遂げている

ロボット開発のニュースを見ていると、

実際に救命救急士がロボットになる日も

そう遠くない未来に実現しそうです。



その夢の体験からも

「私には合わない」、「私は好まない」

という明確な理由になっています。



私はこの本で紹介されているような

ヤナの暮らしに理想の一部があります。



 

 



ジブリ映画「天空の城ラピュタ」の中に

シータが語る象徴的なメッセージがあります。



『土に根をおろし、風と共に生きよう。

種と共に冬を越え、鳥と共に春を歌おう。


どんなに恐ろしい武器を持っても、

たくさんの可哀想なロボットを操っても、

土から離れては生きられないのよ!』



これは地球人であるならば、

土=自然から切離されて生きることはできない、

自然から離れた時、

何らかのバランスが崩れることを

警告しているといえます。



選択は自由ですが、

その選択によってこれから

すべての人が体験する世界は大きく変わり、

はっきり世界線が分かれていくだろう

と思います。



厳密に言えば、

二つの世界線というのは極端な例で、

その間にもいくつもの階層、

テクノロジーと自然を

どの程度融合させていくかといった

異なる世界線(バリエーション)

もあるとは思います。


けれど、ざっくり分けると

その二つの世界線になっていくだろう

ということを感じます。


また、その二つの世界線は

交わることがないようにも思えます。


これは、量子力学で語られる

「パラレルワールド」や「平行世界」

という概念にもあるように

異なる地球がいくつも創造されるといった

話にもつながってきます。



同じ「地球」であっても

異なる世界線の地球であって、

同じ地球ではないのです。

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あなたは今操縦席に座っています。

どの世界線に行くか自由に決められます。

魂ではすでに決めているかもしれませんが、
意識的にも(顕在意識でも)決めていく

段階に入っています。

未来は自ら選ぶもの。

未来の体験を選ぶのはあなたです。

「どの未来を選びますか?」


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今日はそんなメッセージを残して

終わりにしたいと思います。
 


最後まで読んでいただきありがとう

ございました。

 

 

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愛を込めて
 
いつもありがとう
今日もあなたに沢山の愛と幸せが
降り注ぎますように

 

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