本日もお立ち寄りいただきありがとうございます
またお勉強中の私
相変わらずYouTubeをグダグダと視聴し
アプリをポチポチ
時々しゃかりきに本を読んでいます
朝から講義YouTubeからのパルキッズ
何も言わないパパは神だ!
でもこれって
今始まった事じゃ無く
お勉強を始めた頃から
たぶんずっとこんな感じ
趣味の絵本集めや読み聞かせ以外のオベンキョウ
「学習」や「試験攻略」はこの手法かもしれない
プレから幼稚園、小学校にかけての
フラッシュカードや100玉そろばん
読み聞かせとプリントやドリル
中受時代に
親が広告の裏に作ってくれた漢字の書取り
をしていた頃と一緒
私は耳で覚えて
指は動くけれど書写やスケッチがとても遅いので
(一時期ハマったけれど)
ノート作りはハッキリ言って不向き
視覚優位気味と錯覚した時期もありましたが
聴覚の方がずっと優位
中高時代は
イジメや趣味が授業のテンポと絶妙に波長が合って
お勉強どころじゃなくなってしまった
(読解や証明辺りに凹もあるが、メンタルやられてる間に膨大な量の学習が進んでしまっていた)
から
「苦手」だと言ってみた事もあるけれど
基本的にお勉強は好きだし学ぶ事は苦手じゃない
これは多分早期教育のメリット、FUNの部分
一方でメンタルやられた背景には
常に誰とでもワイワイしていた子がボッチになった事で一次的にやられ
「文字は読めるのに文章が読めない」「食べ物の味がしない」という状態になり
大好きだった活字を見る事が辛くなりお勉強をやめてしまった事
※後遺症で割と長い事試験等の緊張下や不快な環境で文章を理解するのが困難だった。
更に「勉強が大好きで得意な自分」というアイデンティティを失って負のスパイラルに陥った
(しかも、この頃は自分は視覚優位だと思っていたので読めなくなった事を絶望的に思っていた)
↑そこからの逃避とクラシックからの脱皮でV系ロックの音楽にハマり
華月が亡くなってスパッと現実に帰って今に至ります。
「お勉強ができる」を自分のアイデンティティにするのは危険だと思う理由の1つがここにある
自分より勉強ができる人は沢山いるし、自分のコンディションが悪い時もあるのだから♪
そしてもう1つの理由が裸の王様現象
天狗になって、自分はとっくに全て理解しているつもりで、授業を馬鹿にして裸の王様になった子を何人か見ているから
こっちの理由の方が大きい
(私は公文の学習方法を好きな方ですし語弊が有るといけないのですが
こういう勘違いを起こした子たちの殆どが
私の周りでは不思議と公文で先取りをして来た子たちだったと記憶しています)
もちろん昔と今では何もかも違いますし
教材ではなく、親やその子が通ったお教室の先生個人によるところが大きいと思われます。
七田や四谷大塚界隈ではそういう子、あまり見かけませんでしたけどね。。。
そして、公文も天下の公文なのでその辺テコ入れしてきているとは思いますが。
だから
娘には好みのお勉強のやり方も身に付けて欲しいけれど
それ以上にお勉強以外のスキルや自分らしさを身に付けてほしいと願うのです。
話を自分に戻します
一周回ってアラフォーになって
良い意味のプレッシャーや諦めを覚えた時に(笑)
結局は自分の元の学習スタイルに
時代に合ったやり方で戻った事に
気が付いた私です
私の欠点について
書く能力の凹
・書き始めはそのものは2歳とボチボチ
※鏡文字も無く、漢字覚えは最初から得意で、アルファベットの大文字小文字も苦労せず習得
・書写が遅くて初めて困ったのが小2
(書き終わる前に黒板を消された挙句、優等生がふざけて?なまけて?いると思われてガチで叱られた)
※作文と百マス計算はクラス最速でした
・授業のノートを取れるようになったのは小6
(ノートを全く取らなくても手を上げて答えたりテストで満点をとる事はできたので何も困らなかった
中学で世間体的な面で困らない為に意識して自分で訓練した)
※私立に進学してノートを取れないのは恥ずかしいと遥か昔の幼児教室時代に覚えた世間体意識がそうさせた。決して自分の嗜好や敏感期ではない。
これらは時に一斉授業でかなりの弱点になったけれど
今は違うやり方で学べる事を知っているし
自分は手書き(作文や計算では無く書写や図示)に時間がかかると知っているから必要ならその枠を取れるのでもはや脅威ではない
教科書の丸写しとか
小学校低学年の国語と中学の英語でしか
やらないしね。
古文、漢文も書写しで挫折したり
コピーに線を引いて勉強したりしてました。
教科書丸写しの板書をノートに写しきれなくても
人生に害を及ぼす事はありません。
字が汚くてもOK
(ビジネススキルとしては必要だけど書字障害で整えて書くのが難しい人もいる)
自分の苦手が把握できれば儲け物
叱られた時、改善できるなら反省してもいいけど
もう精一杯ならスルースキルを磨く機会と取れば良し
だから
今のお勉強の基本はYouTubeとアプリ
メインのシンプルな教科書(回数読みする・YouTubeが間違っている可能性も考えて)
で
手書きや手計算が必要な試験なら
それに特化して何度も回答用紙に書く練習をする
憧れの大人の趣味
写経やカリグラフィーは
たぶん
開けてはいけないパンドラの箱です
書く速さと距離感位置感覚の凹が致命的(苦笑)
これってある意味軽くディスグラフィアなんじゃ…
と最近思う。
様々な「傾向」の指摘やフォローは幼・小、大(発達心理学系)と身近な教師や専門家から受け
高校時代から自習・自覚し、大学でも履修してきたので
今更、特性の1つや2つ発覚してもおどろかないけれど
タイミングを見て自分の発達検査やちゃんとした診察を受けてみるのもありかもしれませんね。
とはいえ、学びにおいてこの凹はさしたる障壁じゃなく
むしろ全然困らない無害な隣人だと
はっきり認識するこの頃です
学ぶ事と娘の事の方にばかり目が行くので
どうしても自分の事は後回し
それでも困らなければ別にいいかなと
はっ!がん検診やお金の見直しと同じ説
まあそのうちに
学習の一環として受けるかもしれません。
それでは!