震災当日
私は専門学校の教室で
国家試験に向けて勉強していました。
↑お勉強好きですね、私。
その後の10日間
玄関の扉越しの灯りで日中勉強し
隣県で受験して無事資格を取得しました。
当時は学生合格率6割、社会人合格率1桁%の試験でした。
朝からFMの電波はザーザーで
健康な同級生が何人も頭痛を訴えており
ガラケーのiモードも繋がりづらく
(予測サイトの掲示板に通報しようと朝から試みたが
アクセスできたのが昼過ぎで時すでに遅しでした)
3日前にも揺れたし
揺れた途端に
あゝやっぱり来たか
宮城県沖地震の本震かな、と思ったら
もっとデカいヤツだった。
この辺の大地震は中規模の前震を伴う事がある
試験勉強用にテンションを上げる為に
初めてのしまむらで買った
派手な毛布
それを防災頭巾代わりにして
4階からしなる階段を降り
メトロノームの用に揺れるブロック塀を横目に
広場へ逃げたのですが
それは
今、娘の保育園のお昼寝用になっています。
私なりに、それは、お守りのつもり
今年の震災の日は
ウクライナのニュースと共に。
それが嫌でたまらない。
あの、浜通り(福島)の前に
放射能災害に遭ったチェルノブイリのある
ウクライナが…と。
私は、あの光景を見るたびに
Ruin という言葉しか思い浮かばない。
何故か日本語じゃないんです
ヨーロッパの街並みだからなのかな?
やっと
娘が「なんでバーンってするの?痛いよ?」
と言うようになりました。
少しずつ、大人の喧嘩(戦争)の事
いけない事だということも伝えています。
そういえば
あるニュースでアナウンサーが
「あの日は雪の降る寒い日でしたが、今日は暖かい1日になりそうです」
といった旨のコメントをしていましたが
訂正させていただくと
あの日も
朝は、いや、揺れた少し後までは
ポカポカで気持ちの良い春の陽射しに満たされた日で
津波が到達した少し後くらいから
小雪が舞い始めて
寒くなったのですよ。
ドッカンと地殻変動があっての気圧変化だったのではないでしょうか?
(違ったらすいません)
それから1ヶ月は毎日のように緊急地震速報の音を聴いて過ごしたので
怯える事はなくなりました。
車を作業の為にリフトアップしていても
キッチンでホワイトソースを作っていても
冷静。。。![]()
危険な場所から離れ
揺れが収まってから安全確認をし
携帯で震源地を確認する
という慣れたルーティン
あれから10年後
昨年の春に揺れた時も
車に乗っていて、交差点で待っていた時に
携帯が鳴り始めたので
揺れる前に後席の娘に
「もう少しでグラグラってなるけど大丈夫だからね」
と伝えました。
一方の娘も
「じしん?あつまれだね」
といったような事を言ったような?
その少し前に家で同規模の(6弱か5強)を経験し
保育園の避難訓練慣れもしていたので
反応が良好でした。
訓練は大事
シミュレーションも大事
東北の沿岸部の標高と過去の津波の到達時間や
東京の0メートル地帯や川沿い、河川跡の詳しい地理と高層建物の情報
調べて損はない
命を守る学習です