本日もお立ち寄りいただきありがとうございます
インクルーシブ的なネタ
文章に起こしてみたら
かなり他人の身バレが発生しそうだったので
自分の「共に生きる体験」について
に変えて書いてみました
◼️小学生時代の私のスペック◼️
◯持っているもの◯
・学年ひとつ以上先の勉強ができる
・ピアノが弾ける
・誰も一人ぼっちにさせたく無いという熱い気持ち
◯苦手なこと◯
・授業中にじっとしている事
(特に低学年時は椅子に普通に座るのが苦痛だった)
・宿題の存在を覚えている事
(というか忘れ物大魔王)
・整理整頓
・球技の殆ど(サッカーを除く)
・ダンスの振り覚え
・短距離走
持っているものはフル活用しながら
苦手な事の大半は
友だちに補ってもらっていました。
苦手な球技の「サッカー以外」というのも
サッカーはサッカー部の女の子が一対一で
教えてくれました
(周囲を見ながら走る事はできたし
脚の筋力もあったので
上手い子の丁寧な指導を受けたらすぐ伸びた
ボールの大きさもあるのかも)
教えたお勉強関係では
高学年で掛け算九九ができない子や
分数が苦手な子もいたし
お友だち関係では一時的に村八分にされた子を
自分たちのグループに一時的に吸収
(いつ出てってもOKでオープンに歓迎)
その代わり
無意識に先生から怒られそうな事をしている時に
そっと知らせてもらったり
忘れ物を届けてもらったり
苦手な種目を教えてもらったり
一時吸収した子の元のグループとも遊んだり
といった恩恵を受けていたのですが
正直言って
私の苦手は気を付けて直せるレベルを超えていたので
友人たちの助けがあって日々暮らせていたようなもの
みんな、どうしたら苦手な事物をクリアできるか
どこをサポートすれば良いか
(当時はグレーとか発達凹凸という言葉も無い中で)
沢山考えて、サッと手や口を出してくれました。
こうして
勉強が苦手な子に噛み砕いて教えたり
自分の苦手を少しでも補うために考える事で
「多面的思考」をするようになりました。
例えば
大多数のみんなはAというルートをスイスイ進む中
自分にとってルートAは障害物競走なので
同じゴールを目指すルートBやCを探してみたり
あるお友だちはAが寸断、Bは遠回り、Cが苦手ならDからのアプローチを提案してサポートしてみるとか
お勉強を教えるにも
演習が足りないだけの子
暗記が弱い子
何かの事情(大抵は家庭か病気かイジメ)で
どこかの単元がスッポリ抜けている子
それがいっぱいある子
何らかの方面でLDっぽい子
みんな教え方も使う教材も手の掛け方も所要時間も違うし
それに合わせていっぱい考える
それが勉強になっていたり
↑相手はみんな大切な友だちだから一つひとつのケースで真剣に考えました。
可能性に蓋をしない事で
副産物が沢山発生し
それが(進学先が私立中だったので)
小学校の卒業式の朝にいつもの仲間だけじゃない
沢山の友だちが家まで迎えに来てくれたり
違う制服でもいつもの仲間は
ずっとみんなで遊んでたり
(中学のクラスでボッチの時も
地元の友だちとは沢山遊んでいた)
という関係に結果的になっていたし
今、大人になって
隙間時間で資格試験チャレンジや
娘のおうち英語の下準備などを
時短・押してダメなら引いてみろ、引いてダメなら横開きかもよ的な勉強法で
進めて行く事の土台にもなっているのかなと。
そしてもう一つ
もしかすると
私の保育系の原風景は
(学生時代の長期の施設ボランティアもですが)
小学生の時に
初めてできた支援級(当時は特殊学級と言った)に
毎日のように遊びに行っていた事かもしれません。
言葉がちゃんと話せずふわふわしているその子の
天真爛漫でキラキラした笑顔に惹かれ
ありったけのパフォーマンスで笑わせに行き
支援級の優しくて可愛い先生にも憧れていて。
垣根無しに教室に入れてくれた環境にも
感謝しています。
とにかく
自分も凸凹的な困り感を抱えながら
支援級の子(他学年)や支援級相当の子(同学年)と
中学生の兄姉・先輩譲りの所謂ヤンキーと
その他家庭の事情が其々複雑な子たちと
学校という社会の中で日々生活を共にしていると
価値観や困り感、表現方法も人それぞれなのだと
子どもながらに哲学的な考えを
めぐらせる
キッカケの宝庫だったように振り返ります。
共生の話と
地域校の話が
いつの間にかくっついてましたが
事情の坩堝のような場所こそ
人としての学びの場なのかもしれないなと
思うところです。
本格的なインクルーシブの話を期待してた方はすいません
それでは!