本日もお立ち寄りありがとうございます。

【おことわり】
こちらは娘の話ではありません。
30数年前の女の子のお話です。

紆余曲折の話は前述なので
とりあえず
診断名は書けない凸凹グレーさん
とだけ紹介させてください。

発達障害否定論をお持ちの方や
診断をお持ちで、診断されてもないくせにと思われる方など
色々な皆様にとって不快又は不可解なこともあるかと思います。
解る範疇で前向きな質問にはお答えいたしますが
否定論にお付き合いするだけの充分な時間は取りかねますので
不快に思われる方は回れ右でお願いします。

また、古い話かつ本人の記憶故に
今時のお子様の参考にはならないと思うので
話半分で聞いてくださいね。

なにせほら、家に黒電話、幼稚園に赤電話、父親は自動車電話とポケベルだった時代のお話ですから(笑)。


宇宙人あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと宇宙人


【生活】

・おはしは何となく3歳頃には持っていました。
・スプーンは年長頃まで両手どちらでも同じように使っていました。
・ハサミも右で2歳のうちには使っていました。

・トイレトレーニングは2歳頃でしょうか?
未就園児の頃に「トイレ」と書いた紙が貼ってある扉を開けて自分で用を足した記憶があります。
幼稚園でのお漏らしは年少で一回くらい。

・着替えは早くからしていたようですが、ボタンをはめるのが苦手で、ものすごく時間がかかるので、お友達が制服の中に可愛いブラウスを着ていて自分も着たいと思っても体操やバレエの日は着せてもらえませんでした。
・当然紐履はNGでした笑い泣き

・3歳前に、自宅と祖父母宅の電話番号を暗唱していてちゃんとジーコジーコとダイヤル(笑)できました。
今の人、子どもじゃなくても黒電話で電話かけられないんじゃないかな?


【幼稚園】

・入園審査の発達テスト対策勉強で○や□の紐通しや積み木の立体の見えない部分も含めて全部でいくつ?を徹底的にやりました。

未就園児クラスの最後にできなくて引っかかったらしい。これは自身の記憶にはありません。また、私に指を使わないで数を数えさせる練習に親がやっきになっていた記憶があります。

・お着替えはゆっくり

本人は急いでるつもりでした。
ボタンがずらっと並んだブラウスや背中に1つ2つボタンのついたブラウス、憧れでした

・お弁当食べ終わるのはいつも最後。しかも年少の頃は給食牛乳をコップに1センチが飲めない(※アレルギーの子には飲ませない、他はみんなコップの取っ手の高さまで注いで飲むルール。1センチは牛乳嫌いな子仕様)
牛乳飲めなくて居残りも大変でしたが、お弁当も大変でした。母は料理上手なのですが、私にとってはこの特小なお弁当が無限に湧いてくるように思えました。小学校の給食お代わりや塾&中学のガッツリ弁当はこの頃誰も想像できませんでした。
いつも一人ぼっちか加配の付く子や病弱な子と昼休みも居残り。それでも無理な事多目で母と担任は困ってたでしょうね。


・授業中・

・椅子をグラグラ(これは気をぬくと今も)
幼稚園、小学校ではよく後ろに転んだ(笑)

・椅子に正座する(同上)や椅子の上にヤンキー座り(低学年でしなくなった)

・椅子の背もたれに座る(小学校で矯正されて4年生頃しなくなった。受験の内申書意識したり他の暇つぶしを覚えたからと思われる)

・鉛筆をかじる(幼稚園ではいくら言われても直らず、1年生でバカにされで学校では辞めた。低学年のうちに徐々にフェイドアウト。タバコやおしゃぶりみたいな感覚だったのかも)

・机の下にもぐる(低学年まで?)

・体操の時間使ってない跳び箱で遊びに行く
(立ち歩きは小学校で酷くなり小学校で終わった)

・国語のプリントに絵を描いたり問題から膨らませた勝手なストーリーを造って書く(類似の事は大学生時代まで続いた)

・算数も国語も普通についていけてました。
未就園児クラス+家庭学習の力もあると思います。家でもしちだのドリルやこどもちゃれんじ、チャレンジ1年生などをしてました。

・作文もどちらかといえば好き。
楽しいと書くと→何が、何で、どう楽しいの?と問われるので中身をしっかり書く訓練ができました。
秒で書いて遊びに行く!いつも無くなる昼休みの代わりに。

・遊びの中で、ジャンプをしてアゴを切ったり、膝を擦りむいたり(友達と同じ事をしようとすると失敗して怪我をする)
走り方も独特だったので、総合病院に何度か足や神経の検査に行きました。小学校でももう一度指摘されましたが、結局判った事は臼蓋形成不全があるという事と単純に走るというアクションが下手だったという事らしい。

・スイミングでは潜水は得意なのに泳ぎのフォームが身につかない

・バレエは振り付けを覚えられなかった
身体が柔らかく音楽は好きで得意、身体を動かす事も可愛い衣装も好きだったので自分でも残念でした。
でも、周りの親から冷たい視線や陰口を浴びた母とクラス作品が発表会まで仕上がらなかった担当の先生の居たたまれなさが今ならわかります。

・遊び・
・幼稚園や習い事の友達、近所の友達とのトラブルは記憶にありません。

私自身、困っている子を助ける事に使命感を持っていたり、いつも何かしらモタモタしてる私を周りの友達がサポートしてくれる事が当たり前になっていたからかもしれません。
が、知らない子に絡まれたり上級生とのトラブルはありました。年下の子にはなぜかなつかれる。精神年齢の問題もあるのでしょうか?

・縄跳びは微妙なラインでした。

日によって大縄に入れない。入れるときは縄跳びしながら更に大縄にも入れる。
あや飛びや交差飛びはできても二重飛びができません。

・逆上がりできるまで半年練習

・自転車は1年かけて乗れるようになるも、危険過ぎて(小学校区で2つ向こうの)交通公園と(たいして広くない)自宅の庭でしか乗ってはいけないと言われていました。
今やバイク乗り。まあ、教習中と初心者の頃は武勇伝武勇伝だったけど。

・球技が全て苦手
・ドッヂボール、リトミック、お手玉、全てにおいて球が登場するとダメでした。
幼児期には大きくなったらできると思ってたけど。。。

こうして振り返ると
自助努力や周りのフォローでカバーできた事と
成長して消えた事
きっかけがあって改善した事
結局どうにもならなかった事が混在しています。


長くなったのでこの辺で。
思い出した事があったら追記するかもしれません。