お疲れ様です
お立ち寄りありがとうございます

今日は鎮魂の日

前にも書いたかもしれませんが、あの日の事を書きます。


あの朝
小学校5年生の私は怖い夢をみました

地震で家が真っ二つになり、津波でアメリカに漂着する夢

それは、阪神大震災の発生時間頃に見た
まるで東日本大震災を思わせるような夢

びっくりして目覚めると
親がリビングから呼んでいて…
テレビを見たら
高速道路が倒壊していました。

恐ろしさと
何も手助けできない幼い自分の歯がゆさを
今も忘れていません。


ある意味
自身が被災した東日本大震災より
阪神大震災の方が怖かった
それはきっと、被災時の私は大人で
発生の瞬間はずっと来ると言われていた宮城県沖地震だと思ったから、どこか覚悟ができていたから。
阪神大震災(と北海道南西沖地震と湾岸戦争)の
小学生の頃テレビで見た惨状は
今もトラウマのようにこびりついて離れない。

数年前、旅行で兵庫の酒蔵見学に行った時
「オタクらのとこみたいな津波は来なかったけど
ウチの近くまで火事が来て、多くの酒蔵が焼けてしまってのだ」とおっしゃっていたのを思い出す。
そこの蔵は倒壊した蔵から菌を持ち出せたのだそう。
被災したどうしだから、の通じるものがあった。
その時にあの高速道路も通ったけど…
この辺とか言われてもどこだかわからないくらいにすっかり綺麗だったけど、下から見たいとは思えなかった。下から見たら痕跡とか判りそうで怖くって。。。

あれから24年
来年で四半世紀
早いなぁ。

でも、どんなに時が経っても
忘れてはいけませんね。
私は忘れられないけど
社会が忘れちゃいけない教訓だと思います。

連絡手段、食料の確保
室内の空間確保、逃げ道の確認
ブロック塀などの処分・処置

再確認の機会になりますね。