お立ち寄りありがとうございます
続きものの3話目です


ここからは震災の話になります
ご自身の経験を思い出したくない方はここまででお願いします。

星星星星星



記憶があやふやですが
夜中からラジオで原発が危ないかもと
言い始めたように思います。

一夜明けて朝
それでもやっぱりコンロであったかい朝食をとりながら
津波被災地の事ばかり考えていました。


そんな中、仕事は休みなので
友人と自転車で食料調達兼近隣地区のパトロールに出ましたが
浸水区域方面へ行くのは
住民の方々への申し訳無さと汚水によるばい菌への恐れから
やめようとなりました。
行かなくて正解だったと思います。

買い出し現場でリクエストが多かったのが
・オムツ
・ミルク
・離乳食やお年寄りの介護食
・電池
・ガソリン用の携行缶
でした。
これは支援物資でも喜ばれると思います。

見てきた範囲では
歩道橋が落橋していたり
家がひしゃげていたり
通行が危険な箇所も沢山あり
いつも通りの道ではなくなっていました。

工事現場の発電機で
携帯充電コーナーが出来ていたり
信号機に接続して点灯させて

いたところもありました。

この頃から既に、ご厚意によるシェアや強奪など、エネルギーのやり取りがあったようです。
エネルギーは大事ですね。

私の身の回りはこの頃にはみんな冷静に色々工夫していたように思います。
が、既に福島の浜通りの事はみな心配し
風向きを気にしたりマスクを着用するようになってきていました。

私の周りは落ち着いてきたけれど
原発周りや津波被災地はまだまだ災害が進行していたのです。

そんな心配をしながらも
食料調達から帰宅した後
すぐにある国家試験の勉強を始めました。
玄関先の太陽光の下で。
揺れてももはや気にしない。
平安時代の人はこんな感じだったのかな、などと呑気な事を考えながら。

※結局その試験は震災10日後に実施され
私は日本海側の会場まで行って受験してきました。試験中にも大きな余震があり、帰りには仲間とスーパーで買い出しして帰るという
なんともイレギュラーな試験になりましたが
無事合格できました。

この日の大きな出来事は

・家の給湯器の水漏れ
(電気が停まり、水だけは来ていて、更にみんなの頭から水抜きという言葉が抜けていたので放置してしまい凍って壊れたらしい)

・原発の水蒸気爆発
(遠いけれど、他人事にできるほど遠くはないし、遊びに行ったりバイトしに行った地域でもあり見過ごせない気持ちでした。更に、チェルノブイリの事故の話を本で読んでいたので、このくらいの距離では安心できないかもとも思いました)

それだけで
お腹いっぱいな
できれば事前に回避したかった2つの出来事でした。規模は違うけど人災の爆発事故ですから。
困り事を超えたもはや自力ではなんともできない事が時差でやってきたのでした。。。

長くなるのでこの辺りで。
続きはまた今度。