釜石の事例がアニメになったらしく朝から防災教育に関する特集番組やってました。

【経験、昔話、科学】
震災の二日前の地震での津波
60センチなら仙台は大丈夫だと言って
三陸の連中に60センチをなめるな、人が流されて死ねる高さだぞと怒られました
(知ってたけど、市街地では実害に結びつかないという意味で言った)


【半非科学?】
当日、地震の二時間半前に某防災系掲示板に磁場異常時に見られるような体調不良者が複数確認できて自分も具合悪いからXデーが近いのではという旨を書き込み。


【科学、昔話】
震災直後大津波警報と言われる前に「これは来る。市内は荒町の南鍛治町の坂まで、多賀城は政庁の史跡まで波が来た事あるから、海沿いは通るな」と言いそれには三陸のやつらも同意してくれて仲間は誰も津波に遭遇せず済んだ。


これらは防災教育によるものです。
【小1】
政宗の頃に荒町(南鍛治町)の坂の中腹まで来たという話を聞き、時間がなければ学校の屋上(海岸より数キロ内陸、約15m)か時間があれば仙台の街中(河岸段丘の一番上)に逃げろと習った。


【中1】
多賀城の史跡群のどれかの石碑に政庁が津波でやられた記録があると習った。
政庁は仙台港から田んぼの中を何キロか行った丘の上にある。
学校からは2キロくらいあったと思うが、確か高崎丘陵の上に逃げろと習った気がする。


つまり、新浜、深沼、仙台港や多賀城の低地、川沿いが浸水する事は予想できたし、国道4号バイパスから少しだけ内陸の平野部にある自宅に街中から情報レスで帰る気にはなれず、ラジオをかけた車の中でシガソケットで充電しながら携帯でネット情報を集めてから帰宅。
車を捨て徒歩で帰るか渋滞の中車で帰るか考えたが、我が家のある地域は無事で、それより僅か1㎞少々向こうは津波被災地であちらからはもう車は来ないとわかったので車で帰宅。
途中のスーパーで軽食とお菓子を買って。


もし自分が浸水域に居たら、何分でどこまで徒歩で進めるかも後でシミュレーションしてみた。
たぶん、海岸線に居たら揺れが治まって即逃げても猛襲域を抜けた先の浸水域で高い構造物に登るのが関の山だと思う。
しかも、幹線道路はパニック状態の車で溢れてかなり渡り難く足留めされるように思う。


防災都市計画と住民の共通認識や冷静な科学的対処がまだ足りない。


みなさん
地元の海辺や山際やビル街で自分の命を守り、他人に迷惑をかけず、家族とも落ち合えるシミュレーションを一度してみてください。
足元が瓦礫や凍結路面であったり橋が落ちる可能性、携帯の基地局が物理的に故障(破損)してしまう事も考慮してみてください。


お台場とか蔵王エコーラインとか極端なところでのサバイバルシミュレーションもしてみてください。


将来役に立つかもしれません。