誤解を恐れずに言えば
わたしのレッスンは
料理ができるようになる(スキルがあがる)よりも
料理への向き合い方が変わるものだと思っている。
だから
カウンセリングのような
セラピーのような部分がある。
「え?!」という気づきが固定概念を外してくれたり
「そっかー!」という発見が安心感や脱力感を取り戻してくれたり
レシピに重きを置いていないのは
そっちがレッスンの目的だからだ。
そういう発見や気づきのあるメニュー構成にするようにしている←意外と考えている 笑
なーんだ、料理ってこんなんでいいんだ。
あれやこれや力まなくても愛情って伝わるんだ。
そんなふうに料理をとらえてほしくてレッスンをしている。
回数の長いレッスンをしていると
「あー、この人は料理をとおして、自分や家族と向き合っているな」
という人と
「この人は、言ってるほどやれるようになりたいわけじゃないな」
という人との差は歴然になる。
少し突っ込んだ質問をすると
「夫がおいしくないっていうから」
「子どもが食べなさそうだったから」
それはレシピのせいだろうか?
じゃぁ、100歩譲ってレシピのせいだとして←100歩も譲って!(笑)
で?あなたはどうしたの?
レシピのせいにして
やっぱり料理なんてできるようにならないじゃないかと
諦めますか。
レッスンを申し込んだ時
どんな気持ちだったんだっけ?
家族と、夫と
もっと向き合いたい、と
愛を伝えたいと願って申し込んだんじゃ、なかった?
愛ごはんレッスンは
料理をとおして家族や自分と向き合えるレッスン。
レシピを増やしたい人には向いていない。
スキルをあげたいだけの人には向いていない。
知ってたよね?
レッスンを受けた後には
自分ひとりでつくってみる
ということを、実はしてほしいと思っている。(生徒さんには言っていないけれど)
家でつくるもつくらないも(復習をするもしないも)
本人の自由なのだが
「夫が(家族が)食べなさそうだから」とつくらない人もいる
一回つくって
「食べてくれなかったから」という人もいる
こういう時
「つくってみる」ができる人は、強い。
自らの意思で
自ら体感することが
変化をうむ。
だからと言ってやらない人が悪いなんて言うつもりはなくて
わたしが寄り添っていないということではないとも思っている。
わたしは
自分のレッスンにもレシピにも愛と誇りを持っている。
レッスンを受けてくれさえしたら
伝わると思っていたんだ、愛ごはんの根っこ部分が。
だけど。
レッスンを続けていると
伝わらないこともあるというのも学んだ。
だから決めた。
もっと発信していく。
何度も格闘したよ。
料理の分野は、とにかくたくさんの人に伝えること
母数を増やすことが重要だろう、と。
簡単だよ、手軽だよ、というところにクローズアップすれば
たくさんの人に見てもらえるはず、と。
だけどやっぱりわたしは
家族に愛を伝えたい、家族を大切にしていきたい。
そういう想いを素直に出したい人にこそ
料理を活用してほしい。
自分がつくるおいしいの先に
家族の笑顔、パートナーの笑顔を思い浮かべられる
そんな人のためにレシピを提供したい。
だから、手軽なのが大事
だから、簡単なのがいい
ただ、簡単、手軽、ではないのだよね。
わたしにとってはね。
うまくなりたい
おいしいものをつくりたい
だけ終わらせず
その先にある豊かさを味わってほしい。
それが「愛ごはん」だから!
いよいよレシピを販売する。
有料にする。
どこかで
わたしの想いを伝えるのは
レシピだけじゃ物足りないかもって感じては、いる。
でもね
きっかけはレシピでいい。
わたしを知ってくれたら嬉しい。
レシピの先、おいしいの先にある豊かさを大切にする
そんな想いに共感してくれた人たちと
直接会える機会を必ずつくりたい。
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《aigohan2017natsu》
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