失恋の痛みから遠くへと逃げるために、彼を忘れるために
こんなめちゃくちゃな労働条件で飛んできてしまった
それをチョイスしたのは2ヶ月前の自分だ
誰も責められない
すべて、過去の自分が決めたことの未来に今のわたしはいる
わたしはやっと、自分に必要なこと、自分の価値を思い出した
夜勤で、11万円で、中東で公共手段を使ってまで夜に通勤しなければいけない状況で、
日本人のわたしが労働する意義は全くない
わたしはフィリピン人ではない
差別で言ってるのではなくて、ここで生活をすることによって自分の国よりもよりよい生活が出来る人にとってはここにいる意義がある
インド人もそうだ
一家で移動してきたり、インドに仕送りをするためにここで働いている
わたしは日本にいたほうが3倍は稼げる
バイリンガルで海外経験も豊富なんだ
誇りに出来るほどに他国の人々とのコミュニケーションの才能も実力もある
ホスピタリティーで働いてきたのだから、きもちのよい笑顔で対応できるし
本当ならオープンな性格だから、初対面の人とも好感度よく話ができる
なのに、今ドバイにいるわたしは
これらとはまったく逆の自分でいる
「決めたからには途中で投げ出さないで最後までやりなさい」という
うちの母にも2年は帰らないと断言してここにきた
でも、自分がもしハッピーではないのなら続ける意味はない
自分をハッピーに、自分の状況、生活を豊かにしていくチョイスをするのは自分なんだ
「よく嫌で嫌で仕方ないけど2年はする」というタイプの人もいる
わたしは一方で、「ただただ世間体のために嫌なことをその2年も続けるのなら、
シフトして違うチャンスに走ったほうが利口」というタイプ
しばらく帰国はしない、がんばってくるといって家をでてきたけれど
UAEでもいいのならスッチーが一番いい仕事だ。
でももはや、今のわたしは一日もUAEにいたくない。
UAEではない場所で生きていくのなら、そしてわたしはこれからの30代、40代ともしこのまま独身で生きていくことになるのなら、
ホスピタリティーの仕事をしていきたいかといえばしていきたくない。
それだったら今28歳のうちにマネージメントや総合職にチャンレジしたほうが、これからの20年、30年、自分にとってはプラスになる
このあいだ地元で派遣会社から派遣されて働いていた会社はフランスの会社だった。
その会社が本格的にあらたに日本法人を立ち上げるという話をもらった
そこでCVを送ったところ来週パリ本社の担当者との電話面接になった
日本法人のコーディネーターのポジションなので、全て自分たちで考えて決めて変化させていくことが出来るだろう
毎日毎日ルーティーンワークで、同じ書類をプリントアウトして、お客様の対応をしている今の仕事とは違う
ただ東京に拠点を移すとなれば、会社の負担なしでアパートの契約などをするのであれば
今のわたしにそんなお金はないので、無理になる
ドーハの知り合いから紹介された、ヨーロッパ・中東のプライベートジェットの会社からは、
Operations Coordinatorというポジションに興味はあるかと言われた
キャビンクルーや、パイロットのトレーニングやオペレーション全般をコーディネートする
HRの経験があるので生かせるかもしれない
でもこの仕事の場合、また中東だし、同僚も全員外国人だ
日本人はずっとわたし一人だろう
すべて英語になる
わたしは所詮海外の短大を出ただけだ 社内で使うビジネス英単語は知らないものだらけだし、
人をマネージしたこともない クルーやパイロットやオペレーション自体をコーディネートするとはどういうことなんだ しかも全員外国人だ
かなり最初は苦労すると思う
(その苦労は意味のある苦労だろう)
私は結局これまれ、なんだかんだ言いながらも日本人である自分を全面的に利用して生きてきたんだ
拠点は海外でも日本の会社だと、やっぱり待遇は他の人種よりもよかったし、
すべて英語ではなく日本語や日本のやり方が通じたのだから
完全に外国人の一員として試されなくていい環境にいたんだ
20代のわたしは、とにかく海外に住みたかったし、自分のシャイな部分をオープンにするためにホスピタリティの仕事を選んできたけれど、
もうそれらの目的はわたしは全て果たし終えた
10年前のシャイな島国日本人だった当時の自分に比べたら、
今のわたしはInterpersonal skillsもあるし、英語も流暢だし、どんな国籍の人とも胸を張って会話ができるし、
いろんな文化に触れて生きてきたせいで、相手の文化への知識や理解もある
自分のそういう面を生かしてこそ豊かで且つ自分をリスペクトできる生き方ができるんだと思う
ドバイに長くいる意味はないし、とくに今の会社で1ヶ月以上働くのは時間と労力の無駄でしかない
無駄な苦労はないというが、
苦労の中にはぜったに、無駄な意味のない苦労があると思う
もちろんこの経験を通して、わたしは自分の価値を客観的に考えることができるようになったが、
今のこの疲労感や喪失感、ハラスメント感や、不幸感はある程度までならよい経験といえるけれど、
あまりにも度がすぎるほどになったら、自分にとって意味のある苦労ではないと思う 絶対に