子供の頃から
人に迷惑かけるなって
言われた。
大人になっても
人に迷惑かけるもんじゃないって
よく聞いた。
人に迷惑かけないように
気を使ったり
ビクビクしたり
自分の想い飲み込んだり
すげぇイヤなことしたり
することもあるだろう。
駄菓子菓子!
人間って生きてるだけで
人に迷惑かけるんだよね。
変な話
何もしないで
息をしてそこにいるだけでも
人を不愉快にしたりするんだよ。
自分は普通にしていても
人から見たらそれが
不快だったりする時
つまり
自分が相手の
投影の対象として
そう見えちゃう時
もういるだけで
迷惑なわけだよ。
この世界の
どんなに素敵な人だって
なんだコノヤロー!
って思われることがある。
自分もそれをすることがある。
完璧に愛され
人に一切害を与えない人など
この世にいないと
私は思ってる。
その人の行いが云々
ではなくね。
この世は鏡の世界。
自分を見るには
他の人を見るしかなくて
人は他人に自分を見るわけだから
自分への裁きを
人に行う
自分の課題を
人との出来事に見る
そういう風にできている。
本当は
持ちつ持たれつなの。
だからね
迷惑かけていいと思う。
どんなに頑張って
いい人になろうとしても
息をしてそこにいるだけでも
いずれにせよ
何かしらはあるのだから(笑)
迷惑かけちゃいなよって思う。
迷惑をかけることがあることを
自分に許していいんだと思う。
時には
迷惑をかけてまで
貫きたいことだってあるだろう。
迷惑をかけることを
承知の上で
する選択もあるだろう。
そんな時は
心からのありがとうを
伝えればいい。
じゃあ好き勝手やろう
人のことなんかどうでもいい
そんなのはちょっと違うって
人に迷惑をかけないようにって
考える人ならすぐにわかるだろう。
混んでいる電車の座席に
バッグを置いたり
ヘッドホンから
盛大に音漏れしていたり
静かにすべき場所で
大声で話したり
飲食をしてはいけない場所で
飲食したり
散歩した飼い犬のフンを
拾わずそのままにして立ち去ったり
借りたお金を
返さなかったり
そういうのも
オッケーって
そんなこと言ってるんじゃない。
マナーを守らないことを
推奨してるんじゃない。
自分を生きて
自分に正直に生きて
精一杯生きて
自分の大切なものを
ゆずれない大切なものを
精一杯大切にして
その上で
結果としてそうなったり
人と人のことだから
心のボタンのかけ違いがあったり
そういうの
あってもいいじゃないって
そういう話。
気にするなとは
言わないけれど
それで
曲げる必要のないこともある。
それで
曲げられないものもある。
仕方ないことだってある。
誰もが
どんな行為であれ
その時したことは
その時の精一杯。
後から考えたら
なんであんなこと…って
思うようなことでも
それがその時のベストだった。
ベストだったんです。
生きるという道のりの
尊い過程でもあるんです。
もし迷惑をかけたなら
そんなことさえも
大きな視点から見たら
長い人生の中で見たら
お互いにとって
とっても大切な体験なはず。
私たちは
迷惑で愛おしい生き物。
助け合い、支え合う。
そんな中で
生きていられたら
もうありがとうしか
出てこない気がする。