先日帰省して帰ってくる途中に
立ち寄ったパーキングエリアがとても
面白かったです。
つい、パーキングエリアよりも
サービスエリアの方に停まって
しまっていましたが、今回は山の合間の
ところで停まって、遊んできました。
まだ、朝8時を過ぎたところなので、
食堂はやっていませんでした。
本当にトイレ休憩だけをしようと思って
いたのですけれど…
私たちが歴史の勉強した時は
「長篠の戦い」と行って、織田信長が
鉄砲を用いて、日本の戦いの方法を変えたと
教科書で習ったのですが、
現在の教科書では、「長篠設楽原の戦い」と
もいうそうです。
実際の戦った場所は「設楽が原」という
場所とのこと
朝から目がキラキラしてしまって…
木瓜紋(織田木瓜)
奥平信昌と加納御前(亀姫)です。
亀姫は徳川家康の長女。母は正室の
築山殿です。
「1575年、信長は長篠(愛知県)で
甲斐(山梨)・信濃(長野)などを支配して
いた武田勝頼と戦ったとき、武田軍の突進を
防ぐ柵を設け、大量の鉄砲を効果的に使って
勝利しました。」
という様に教えているそうです。
織田の鉄砲隊vs武田の騎馬隊
というイメージを植え付けない様にして
いるそうです。
武田も鉄砲を使っていたのです。
日本ではこの頃の鉄砲玉の原料である鉛など
手に入らないものが多く、東南アジアとの
交易=堺との結びつきが強かった
信長の前には敵わなかったということです。
朝の散歩にはとても良い高さでした。
私はどちらかというと徳川家康側から見る
「長篠・設楽が原戦い」が多かったのですが
現在「鎌倉殿の13人」についてもですが、
時代で色々と明らかになることが多くって
こうして歴史が短かで体験できるのは
本当に面白いです。















