私は小学校に入ってから2〜3年の間、4年生になる頃までスイミングスクールに通っていました。
基礎のコースや泳ぎのコースの進級を終えて、選手コースに入っていました。
当時、選手コースが何なのかわかっておらず、後になってセンシュコースが選手コースのことだったと知りました。
私がいた時、小学生では私だけだったので話す人もおらず、ひたすら時間いっぱい泳ぎ続けるメニューなどにも苦しくなってしまい、辞めることを伝えるとコーチには止められましたが、親は選手コースに思い入れもなくあっさり辞めることになりました。
その数ヶ月後、学校のプールの授業で久しぶりに泳ぐことを楽しみにしていた私ですが、いざ授業が始まるとまったく泳ぐことができませんでした。
頭ではわかっているのに体が全然動かず、好きだったクロールやバタフライは形にならず、平泳ぎは形にはなるけれど全然進まないというくらいになりました。
コーチに聞いた泳ぎのコツや、泳いでいた感覚など夜寝る前にイメージし、夏休みのプール解放で練習したり翌年もその翌年もしましたが泳げませんでした。
その時にもう一度スイミングスクールに通いなおしていれば、また泳げるようになっていたと思いますが、自分から辞めたこともあり戻ることはしませんでした。
幼い頃に2〜3年だけだったのでちゃんと身についていなかったのかもしれないことや、泳がない期間が数ヶ月空いたこともあると思いますが、不可解なこととして私の中にありました。
泳ぐことが私から去ったと感じていました。
私が「辞める」と決めたことで、付いてくれていたものが去ったように感じました。
あの時から、自分がしていることもできていることもそれをするための「何かが」付いているのかもしれないと考えるようになりました。
何かをするための力として捉えたり、それが付いてくれている・去っていったなどは私の感覚です。
ですが、今していること・できていることはきっと当たり前ではないのだと感じた出来事でした。