少年が非行を行えば、家庭裁判所に送られる。たいていの少年は審判不開始決定か、不処分決定になるが、家庭裁判所に送致された少年のうち20%は保護処分(少年院送致、保護観察、児童自立支援施設または児童養護施設送致)になる。その際の保護処分を選択する基準は何か。
犯罪少年、触法少年の場合、非行事実と要保護性を実体的要件とし、保護処分が法律効果であるとするのが通説であるが、軽微な非行の時と、重大な非行の時でどちらを重視するかが変わってくると考えられる。私は、軽微な非行では要保護性を重視し、重大な非行では非行事実を重視するという立場に立つ。軽微な非行で要保護性を重視するということは、どんなに軽い非行でも施設収容処分にしても許されるということである。その時、施設収容処分が少年にとって「利益処分」であることを説明する努力がなされるべきである。非行事実を理由にして、「おまえはこんな悪いことをしているのだから、少年院に送られても仕方がない」という説明では、施設収容処分が「利益処分」ではなく懲罰的意味合いを持つことになる。また、要保護性は少年が自分の意思で決めたわけではないこと(家庭環境、生育歴、性格など)を考慮されるから納得性を担保するとは当然には肯定しがたい。
ここは非行事実重視説に立ったときの弊害に着目するべきだと思う。非行事実を重視すると、少年の非行は軽微だから、施設収容処分にする必要がないという結論は当然に導き出せる。しかし、それまでにも非行の前歴があり、これが何度目かの非行事件だという場合、少年の犯罪的危険性(累非行性)はなんら改善されることなく社会に戻されることになる。それよりは、たとえ軽微な事件であっても、少年を劣悪な環境から引き上げる契機としてとらえ、保護処分を科すことが少年のためにもなると考えるべきだろう。
しかし保護処分に科すことが、再犯率が高い現状で、どこまで説得力を持つのか甚だ疑問である。少年の人権を守ろうとする非行事実重視説と、国家のパターナリスティックな介入を肯定する要保護性重視説のせめぎ合いに解決策を見出すことは存外難しい。