※※※フェルディナンド※※※
体育の授業のあと担任の本須先生の家に行った。
数日前より義母のいつもの虐待で食事を取れていなかった。義母の目を盗んで使用人のおばさんがおにぎりを差し入れてくれていたがそれが義母に見つかりおばさんがひどく叱られた。それを見てもう差し入れは不要と断ったために昼飯にと渡されるパン2つと牛乳だけで飢えをしのいでいた。
そのために体育の授業のマラソンはいくらスポーツ万能な自分にとってもキツかったらしい。気がつくと保健室のベッドの上だった。
保健室の先生にはいつも世話になっていて30代後半で独身の先生は早くに亡くなった弟さんと重ね合わせて何くれとなく、庇ってくれた。
栄養失調なのは明白でこれ又心配してくれる担任と話し合って取り敢えずまともなご飯をということになり独身の保健の先生よりも結婚している担任が家に招いてくれることになった。
義母は僕に親切にしてくれたり優しくしてくれる人を排除するのが趣味でこれまで僕の境遇を慮って動いてくれる人を次々と排除していった。
義母の父親は有名政治家でかなりの黒い噂のある人らしく暴力団とも繋がっているらしく一言告げればあっと言う間に家の一軒が無くなるらしい。
愛し合っていた父と母を無理矢理に引き裂いたのもこの政治家だったらしい。しかし母が父をどうしても忘れられずに日本に追いかけてきて父は義母と離婚しようとしたらしいが義母は断固と離婚を受け入れず、しかし別居して母と暮らすことは承知したらしい。
そして僕が生まれて小学校に入った頃までの10年は病気がちになってしまった母だったが平穏に親子3人で暮らすことができた。
しかし僕が2年生になった春の日学校に行って帰ってきたら母はリビングで冷たくなっていた。
テーブルには客用の紅茶のカップが置かれていた。心臓発作とされたがその日義母が母を訪ねてきていたことは知っていた。
義母は僕が産まれた時から毎月必ず一回母を訪ねてきていたのだ。僕が産まれる前はとても元気だった母が体調を悪くするようになったのは義母が訪れるようになってから。毎月義母が訪ねてくると母は必ず高熱を出すようになっていった。
多分父も薄々と気がついていたのではないかと思う。義母が何らかの薬でも母に盛っていたのではないかと。
父は母を亡くして心を閉ざしてしまった。僕はそんな父のことが心配で離れることができない。ドイツに行けば母方の祖父母が居るのでこんな虐待にまみれた生活を送ることはない。しかし心を閉ざして日々憔悴していく父を守れるのは僕だけだと思い父に寄り添うために義母の虐待にも日々耐えている。
そんな中で担任が家に連れ帰ってくれた。
担任の家は代々続く古本屋で古い日本家屋の家だった。
人の良さげなご主人とどこか懐かしい感じのするとても愛らしい僕と同い年の娘が居た。
家事はご主人が担当しているらしくテーブルに並べられた料理はご主人と娘さんが作ったものだと言う。
素朴で優しい味のする肉じゃがを食べた時にどうやら涙が頬を伝わったらしい。驚いた娘さんが僕の頬から涙を掬うと膨大な記憶が突然流れ込んできた!
眼の前にいる娘さんは間違いなくユルゲンシュミットで妻だったローゼマインだった!
目を見開く私をローゼマインが驚きながらも頷いた。
※※※本須マイン※※※
記憶がないと思っていたフェルディナンド。涙を流した彼に思わず手を伸ばして頬から涙を掬ってしまった!するとキラキラと光がフェルディナンドを覆った。途端にフェルディナンドは目を大きく見開いて私を見つめたのだ。
あぁ思い出したんだ!フェルディナンドが私を思い出してくれた!
フェルディナンドは父と母がいるにもかかわらず私を思いっきり抱きしめて来た!
びっくりしたけど私も抱きしめ返して…
と、ここまで。
