同じグループに所属していたクリスタルに対して何の発信をしないことをよしとしない人たちが悪質なコメントの書き込みをしていると話題になっています。
確かに、元同じグループのメンバーだったなら何かしらのアクションがあってもいいようには思いますが、それを他人がどうこういうものなのか?とも思います。
クリスタルは亡くなったソルリの側にずっと寄り添っていたそうです。
大切な人を亡くしたことのある人なら分かることですが、突然、元気だった人が目の前からいなくなるわけです、それをすぐに受け入れることは難しいし、衝撃ははかりしれません。
ましてや、クリスタルくらいの年齢ならまだ身内の死さえも経験したことがないかもしれません。
そんな彼女に簡単にSNSで心情を綴ったりすることは反対に難しいでしょう。
私は昨日の夜まで笑いあっていた母を翌朝亡くす経験を子供の頃にしましたが、何日も食事が喉を通りませんでした。
苦しい時代を一緒に過ごし、夢を一緒に追いかけていた仲間が突然いなくなると言うのはどれだけ衝撃的な事だったか?簡単には言葉にできないでしょう。
萩原健一さんが亡くなったときに、朋友だったジュリーはすぐにはコメントを出しませんでした。
秀樹が亡くなったときも内田裕也さんが亡くなったときにもジュリーのコメントは見ませんでしたが、それは簡単には言葉がでないのではないかと思いました。
悲しみ方は人それぞれだと思うのですよね。
涙を流しながらSNSに故人を思い言葉を綴る人もいれば、ただご遺体に寄り添いたい人、故人の代わりに自分が言葉を伝えようとする人もいる。それを他人がとやかく言うのはどうなのかなぁ?
確かに、残された人がどういう気持ちであるのか?と言うのは気になるところもあるけれど、それでも故人との関係で二人にしかわからないこともある。それに割ってはいるのは人としはでうなのか?
韓国はなぜ、そこまで晒さなければならないのか?日本人の常識と韓国の人の常識は違うのだと思うが……隣の国ではあるけれど本当に根本的な考え方が違うのだなぁとつくづく思う。