言葉の重み | エミソナのブログ

エミソナのブログ

日々の出来事に対しての感想。
韓流ドラマの感想。

韓流スターの事。

今、感じている事。

「本好きの下剋上」にハマっているのでそれ関連の事。

カウンセリングとかのことなど。

政治の理不尽さとか

などなど書いてます。

朝丘雪路さんが亡くなって、夫の津川雅彦さんの会見を見た。

見たから津川さんの言いたいことは伝わったし、奥様への愛情が本当に伝わってきた。

それなのに……

朝○新聞のデジタル版の見出しは悪意を感じた。

「先に死んでくれた。」「感謝」だったから。

活字だけを見てしまうと「先に死んでくれた」はないよなぁと思う。

夫婦を長年やって来た人ならこのこの言葉の重みは分かる。けれど活字にするととっても冷たい。

昔、佐藤元首相が辞任するときの会見で新聞社を追い出してテレビだけにした意味がこういうことなのかと思う。

津川さんは夫として、アルツハイマーの妻を残してけして先に自分が倒れて逝くことはできないと思っていたと思う。

それは奥様を深く愛していなければ思わないと思う。

でも字面だけ見てしまうとドキッとする。

もちろん全文を読めば津川さんの気持ちを汲み取ることは出きるけれどそれでも見出しにおいてあれはないと思う。

「感謝」だけでいいのではないか?

Twitter等では津川さんが保守で、そういう発言が多いから朝○はわざとではないか?とあったけれどもしそうなら許せないですよね。

奥様を亡くされて、ご自身も体調が悪いのに悪意のある見出しで追いつめるよう事をするのが保守だからというのが原因ならこの記事を書いた記者の気持ちがわからない。

日本人なら弱っている人にさらに鞭を振るう等はあり得ない。

だから朝○は叩かれるのだと改めて思った。

しかし……私達夫婦も50を超えてどちらが先に…という話をするようになった。

私は両親共に短命だったからか私の方が先にと言うのだが、やはり夫は自分を先に看取ってからにして等と言う。

お互いに1人残る方にはなりたくないのだ。

それは多分どんな夫婦でも同じかも知れないけれど目の前に病気の相手がいたならば「自分が先に逝くことはできない」と思う気持ちが強いのでしょう。

先日はドラえもんの声優で有名だった大山のぶ代さんのご主人が先に亡くなった。大山さんも確か認知症だったはずで旦那様はさぞ心残りだったと思う。

それを思うと津川さんの「先に死んでくれた」の言葉の重みは計り知れない。

夫婦に美談はないと思うが、女優だった奥様の病気の姿を多く語らずぶっきらぼうな物の言い方だけれど愛情溢れる言葉だったと思う。

私達夫婦も最後はこんな風だったらと思った。