露に濡れつゝ秋待ちがたし~自然を通して、自身の本来の在り方を見つめ直す | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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世界とは、貴方について書かれた書物である。

第2095番 夕されば 野辺の秋萩 うら若み 露に濡れつゝ 秋待ちがたし(柿本人麻呂)
 
日暮れになって、野の秋萩が若やいで、露に濡れながら、秋を待ち遠しくしていることだ。
 

とても美しい歌だ。万葉集中で第一位を争うのではないか、と私には思われる。
 
 
第2109番 我が宿の 萩の末(うれ)長し 秋風の吹きなむ時に 咲かむと思ひて(作者不明)
 
我が屋敷の萩の先が長く延びたことだ。秋風が吹く頃に、咲こうと思っているのであろう。
 

この歌も美しく、なんとも清々しい。
 
 
この二つの歌は、ともに自然を讃美しているものであることに間違いない。
 
しかし、それだけではない。
 
そこには、現実においてさまざまに縛られている自分から解き放たれた、よそおわぬ、あるがままの自分がある。
 
そもそも、いつから自然を歌うようになったのであろうか。
 
万葉集においては、男女の思いを歌う相聞、人の死を悼む挽歌を除けば、あとは、ほとんど自然を歌ったものということになる。
 
また、男女の思いを歌う相聞、人の死を悼む挽歌においてさえ、自然は欠かせない要素である。
 
万葉集全体を通して、自然は、なくてはならないテーマなのである。
 
 
自然が歌われることの背後には、古代において、自然が神の領域であり、人は自然を通して、(八百万の)神と対話し、そのことによって、日々を生きていたということがあろう。
 
自然は、神と人とを結ぶ場処であり、さらに人が本来の自分を見据えるための場処であった。
 
人たちが互いを生き合う中で、社会というものが作られたが、社会は、さまざまな縛りを個々の人に与えてきた。
 
互いが相争わないために法をつくり、また社会を支え合うために、果たすべき義務を各人に課してきたのである。
 
それは、人々が生きていくための知恵であり、必要なことであったが、それと引き換えに、自分が生きる上での大事なものを見失わせることになった。
 
そのため、社会の中の自分であるものから、本来の自分であるものを見つめ直すための場処が必要になった。
 
それが、自然という場処であり、その自然を住まいとする、八百万の神たちだったのである。
 
八百万の神をまつることで、古代の人は、自然という場処を生き、本来の自分を見つめ直したのである。
 
 
自然を見つめることで、本来の自分を見つめ直し、自然を讃美することで、他のなにものでもない、一なる自分を生きたのである。
 
 
思うに、それこそが、人間に本来的に具わる自由である。
 
他の誰も生きることができない、ただ自分だけが生きることができるものだ。
 
だから、自然と向き合い、自然を歌うことの中には、自由なものがあるのである。
 
 
あらためて、二つの歌を読み返してみよう。
 
第2095番 夕されば 野辺の秋萩 うら若み 露に濡れつゝ 秋待ちがたし
 
秋萩を、自身の内なる魂と解すれば、以下のように読むことができる。
 
日暮れになって、私の内なる魂が若やぎだすのを感じる。
 
私の内なる魂が、露に濡れながら、やがて来る秋を、今か今かと待ち遠しくしているのである。
 
秋は、実りの季節であり、私というものが豊かに実る季節ということができるであろう。
 
私は、私自身の実りの秋を待ち望んでいるのである。
 
 
 
第2109番 我が宿の 萩の末長し 秋風の吹きなむ時に 咲かむと思ひて
 
これも、萩を私自身と置き換えると、このように読める。
 
 
私の内なる魂が、以前の自分よりも、ずっと、より自分であるものを生きているのを見る。
 
やがて実りの時を迎えて、私は、真に自分であるべきものを生きるであろう。
 
 
 
自然を讃美する心は、自身の内なる魂の自由と密接不可分な題材として、今なお歌い継がれているのである。

 

 

ついでに、次の歌も挙げておこう。
 
第2013番 天の川 水陰草の 秋風に靡くを見れば 時来たるらし(作者不明)
 
天の川に茂る水草が、秋風に靡(なび)いているのを見ると、時が来たのだと分かる。
 

「天の川」は、じっさいの川にあてたもの。
 
また「時」とは、特別の時、主として大事な人と会う時のことであり、「天の川」の、一年に一度会う男女の主題と合致している。
 
自然を見つめることを通して、自分が行動すべきことを見定めた歌であると解釈できるであろう。
 

 

   ***

 

「実践形而上学」

 

 アリストテレスの「形而上学」は、後世の人が、タ・メタ・タ・ピュシカ(自然についての書の後の書)と名づけたものであり、そこにはタ・メタ・タ・ピュシカが短縮した「メタ・ピュシカ」つまりメタフィジカ(自然の後のもの、自然を越えたもの)という意味はない。

 

 アリストテレスは、これを「第一の学」と位置づけた。

 

 思考について考えるからこそ、第一の学なのである。

 

 しかし、第一の学は、誤解を招く言葉である。

 

 第一に学ぶべきなのは思考について考えることであったはずが、最も大切なことが思考そのものになったのである。

 

 思考は形を超えたものであり、形而上学は、形を超えたものについての学と理解された。

 

 これは飛躍である。

 

 後世の形而上学について書かれるものは、タ・メタ・タ・ピュシカ(自然についての書の後の書)を、自然について語ることの後に書かれるものという意味で、と紹介しながら、どういうわけか元の意味を逸脱して、形を超えたものを考える学としてきたのである。

 

 あるいは、アリストテレスの師であるプラトンのイデア説の影響があるかもしれない。

 

 プラトンのイデアの哲学は、まさに現実を超えたもの、イデアについて考えるものだからである。

 

 メタフィジカの邦訳である「形而上学」も誤解を招く、とても不適切な言葉である。

 

 「形而上学」ではなく、「形而前学」という方が、内容的によりふさわしいであろう。

 

 ものに形を与えているのが、私たちの思考なのであるから。

 

 それは、形あるものについて考える以前に、そもそも考えるとはどういうことかを考える、という最も哲学的なテーマなのである。

 

 もっと平たく言えば、形而上学とは、「思考」学のことである。

 

 思考について考えるという、最も哲学的であり、また実存的な行為なのである。

 

 

 

 

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