第10項 アルケー=アンティケイメナ
人生は、いつも自分の思い通りになるとは限らない。
このままならぬ人生をどのようにして受け入れ、そして生きるか、それは人類が問い続けてきた課題である。
ままならぬ人生を引き起こしているのは、自分の在り方に反するものである。
自分の在り方に反するもののいくつかを、私たちは、排除すべきものとして、これを悪と名付けた。
悪とは、最初からあるわけではなく、自分の在り方に反するもののうち、排除すべき自分として定義されたものを、そのように呼んだのである。
自分の在り方に反するものは、排除すべき悪のほかの姿を持つ。
自分の在り方に反するものの第二は、頓着しないでよい自分である。
ままならぬは、自分の外にばかりあるわけではない。
このままならぬ自分をどうしようもないものとして、人は理解し、受け入れて生きたのである。
自分の在り方に反するものもまた、自分であるとして受け止めることで、人は、ままならぬ人生を生きる自分を、あるがままの自分として味わうことができるのである。
さらにままならぬ人生を積極的に生きる姿勢がある。
自分の在り方に反するものを、むしろ自分をよりよく生きるためのステップ、試練と捉えるのである。
ストア主義者たちは、あえて苦境に身をさらすことを望み、それに耐えることで、よりよい自分を生きようとした。
また、思い通りにならない現実を、よりよい人生に向かうための一時的停滞と捉える生き方を示した中世キリスト教のクザーヌスは、彼の「反対の一致説」を通して、思い通りにならない事柄こそ、よりよく生きるために有効な事柄であることを示したのである。
つまり、自分の目標までの道のりが困難であればあるほど、じつは自分の目標に近づいているのである。
それは、私たちの意識が、目標に近づくほど、なんだか目標から遠ざかっているように感じることの裏返しである。
クザーヌスの考えの淵源にはソクラテスがいるであろう。
ソクラテスは、より知るものは、より知らないものである(逆に、より知らないものは、より知ったつもりでいるものである)、ということを明らかにしたのである。
アルケー~「原理」「起源」、ここでは、「説明」として扱う。アンティケイメナ~「対立」「反すること」。