孤独の言葉
その1 あなた固有のものが、あなたが主なるものから生きられるものであることを思い起こさせる
互いに対等なものどうしの絆であるものを生きるあなたは、他のものとは異なる、固有のあなたであるの声を聞く。
それは、もとからなるあなたを生きる主なるあなたであるものである。
あなたは、他の誰でもない固有のあなたであるものを生きなければならないと、内なる孤独の声はあなたに語りかける。
あなたは、限りある主なるものから、自身と対等なものを持たない、固有のあなたであるものを思い起こさせられるのである。
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自身と対等なものを持たない、固有のあなたであるものは、もとからなるあなたを通して、主なるあなたを生きる、とあなたは聞いた。
あなたは、自身と対等なものを持たない、固有のものゆえに、あなたが、自身と対等なものを持たない、主なるものから生きられることを理解する。
自身と対等なものを持たない、固有のあなたであるものは、主なるあなたを通して、もとからなるあなたを生きる、とあなたは聞いた。
あなたは、自身と対等なものを持たない、固有のものを通して、主なるものが、あなたを生きることを理解する。
自身と対等なものを持たない、固有のあなたであるものは、互いに対等なものどうしから分かたれることを通して、主なるあなたを生きる、とあなたは聞いた。
あなたは、自身と対等なものを持たない、固有のものゆえに、互いに対等なものどうしから分かたれることが、主なるものから生きられることであることを理解する。
自身と対等なものを持たない、固有のあなたであるものは、主なるあなたを通して、互いに対等なものどうしを分かつ、とあなたは聞いた。
あなたは、自身と対等なものを持たない、固有のものが、主なるものを通して、互いに対等なものどうしを分かつものであることを理解する。
自身と対等なものを持たない、固有のあなたであるものは、互いに対等なものどうしから分かたれることで、もとからなるあなたを生きる、とあなたは聞いた。
あなたは、自身と対等なものを持たない、固有のものが、互いに対等なものどうしから分かつことで、あなた自身を生きるものであることを理解する。
自身と対等なものを持たない、固有のあなたであるものは、もとからなるあなたを、互いに対等なものどうしから分かつ、とあなたは聞いた。
あなたは、自身と対等なものを持たない、固有のものが、あなた自身を互いに対等なものどうしから分かつものであることを理解する。
(続き)
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7月1日、アマゾンにて、中世キリスト教神学にインスパイアされた哲学詩「人間の神学」(電子書籍、キンドル版)を刊行しました。
(第2章より抜粋)
そもそも人は、誰かに基づくものと自分に基づくものとの間で生き、他者の自分に基づくものを通して、自分に基づくものを学んでいるのである。
すなわち、あなたの他者が自分に基づくものから、なにものにも替えられることのない、固有の自分であるものに息づかされているように、
あなたもまた、あなた自身に基づくものから、なにものにも替えられることのない、固有のあなたであるものに息づかされているのである。

定価507円(USドル5ドルの円換算額)
こちら よりご購入いただけます。
<内容紹介>
中世ヨーロッパ神学に着想を得て、人間の信念について問いかける哲学詩。
序章 魂の入れ物である体を通して生きられている
第1章 否むことのできないところから立ちあがる(聖アンセルムス)
第2章 自分に基づくものだけを生きる(アベラルドゥス)
第3章 自分自身から直に生きられる(ルター)
第4章 一にして多である自分(ティエリー)
第5章 自分を育むために他者の存在がある(聖ボナウェントゥラ)
第6章 信じるものが自分を支えている(聖ベルナルドゥス)
第7章 共有できるものを生き合う(トマス・アクィナス)
第8章 具体的なものが、具体的な自分と他者を創る(サン・ヴィクトール学派)
第9章 反対のものからも、また創られる(クザーヌス)
第10章 他の誰でもない、自分であるものを生きる(ウィリアム・オッカム)
第11章 他者から生きられている自分を生きる(エリウゲナ)
第12章 互いは結ばれ合っている(ドゥンス・スコトゥス)
第13章 すでに生きられているものであることに気づく(エックハルト)
第14章 この世界はいかにも美しい(聖フランチェスコ)
終章 人間共通のものを通して、自分を超えた自分であるものと巡り合う
※ブログに掲載のものを元にしていますが、さらに思索を深め、進化を遂げたものになっています。
その他の著作品を、アマゾン・キンドルストア、または、自著専門サイト「イリエノコ出版
」よりご案内しております。
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神はいるか、いないか。これはとてもナンセンスな議論だったと思い返されます。有神論も無神論もありません。強いて言うなら、自分の外の神を認めるか、内に神を認めるかの違いです。神とは、じつは人間の深部のことであり、神学とは、人間の神性ともいうべきものを問うものだと確信しています。ここから、自分独自の神学ともいうべきものが展開されます。
「内的音韻の探究」は、さらに人類の深層に入ってゆきます。どうぞ、ご期待ください。