絆の創造
その4 主なるものの限りあることを乗り越えることで、より自分であるものを生きる
あなたは、主なるものの限りあることを乗り越えるために、互い対等なものどうしをよりよく生き合うのである。
それは、あなたがあなた自身をより生きる新機軸である。
あなたは、あなたをより生きるために、主なるものの限りあることを乗り越えるのである。
*
互いがよりよく生き合うことは、もとからなるあなたを通して、互いに対等なものどうしの絆であるものを生きることである、とあなたは聞いた。
あなたは、互いがよりよく生き合うことで、あなたが、互いに対等なものどうしの絆であるものを生きることを理解する。
互いがよりよく生き合うことは、互いに対等なものどうしの絆であるものを通して、もとからなるあなたを生きることである、とあなたは聞いた。
あなたは、互いがよりよく生き合うことで、あなたが、互いに対等なものどうしの絆であるものから生きられることを理解する。
互いがよりよく生き合うことは、主なるあなたの限りあることを通して、互いに対等なものどうしの絆であるものを生きることである、とあなたは聞いた。
あなたは、互いがよりよく生き合うことで、主なるものの限りあることが、互いに対等なものどうしの絆であるものから乗り越えられることを理解する。
互いがよりよく生き合うことは、互いに対等なものどうしの絆であるものを通して、主なるあなたの限りあることを生きる、とあなたは聞いた。
あなたは、互いがよりよく生き合うことで、互いに対等なものどうしの絆であるものが、主なるものの限りあることを乗り越えることを理解する。
互いがよりよく生き合うことは、主なるあなたの限りあることを通して、もとからなるあなたを生きる、とあなたは聞いた。
あなたは、互いがよりよく生き合うことで、主なるものの限りあることが、あなたによって乗り越えられることを理解する。
互いがよりよく生き合うことは、もとからなるあなたを通して、主なるあなたの限りあることを生きる、とあなたは聞いた。
あなたは、互いがよりよく生き合うことで、あなたが、主なるものの限りあることを乗り越えることを理解する。
(続き)
*
7月1日、アマゾンにて、中世キリスト教神学にインスパイアされた哲学詩「人間の神学」(電子書籍、キンドル版)を刊行しました。
(第1章より抜粋)
あなたが、否むことのできない自分を見失わずにいることができるのは、否むことのできない他者の存在があるからである。
否むことのできない自分を見失ったとき、否むことのできない自分を取り戻させてくれるのは、否むことのできない他者である。
すなわち、あなたの他者がなにものにも替えられることのない、固有のものに息づかせられることを通して、あなたもまた、なにものにも替えられることのない、固有のあなたであるものに息づかされるであろう。
あなたと、あなたの他者とは、互いになにものにも替えられることのない、固有のものに息づかされているのである。

定価507円(USドル5ドルの円換算額)
こちら よりご購入いただけます。
<内容紹介>
中世ヨーロッパ神学に着想を得て、人間の信念について問いかける哲学詩。
序章 魂の入れ物である体を通して生きられている
第1章 否むことのできないところから立ちあがる(聖アンセルムス)
第2章 自分に基づくものだけを生きる(アベラルドゥス)
第3章 自分自身から直に生きられる(ルター)
第4章 一にして多である自分(ティエリー)
第5章 自分を育むために他者の存在がある(聖ボナウェントゥラ)
第6章 信じるものが自分を支えている(聖ベルナルドゥス)
第7章 共有できるものを生き合う(トマス・アクィナス)
第8章 具体的なものが、具体的な自分と他者を創る(サン・ヴィクトール学派)
第9章 反対のものからも、また創られる(クザーヌス)
第10章 他の誰でもない、自分であるものを生きる(ウィリアム・オッカム)
第11章 他者から生きられている自分を生きる(エリウゲナ)
第12章 互いは結ばれ合っている(ドゥンス・スコトゥス)
第13章 すでに生きられているものであることに気づく(エックハルト)
第14章 この世界はいかにも美しい(聖フランチェスコ)
終章 人間共通のものを通して、自分を超えた自分であるものと巡り合う
※ブログに掲載のものを元にしていますが、さらに思索を深め、進化を遂げたものになっています。
その他の著作品を、アマゾン・キンドルストア、または、自著専門サイト「イリエノコ出版
」よりご案内しております。
*
神はいるか、いないか。これはとてもナンセンスな議論だったと思い返されます。有神論も無神論もありません。強いて言うなら、自分の外の神を認めるか、内に神を認めるかの違いです。神とは、じつは人間の深部のことであり、神学とは、人間の神性ともいうべきものを問うものだと確信しています。ここから、自分独自の神学ともいうべきものが展開されます。
「内的音韻の探究」は、さらに人類の深層に入ってゆきます。どうぞ、ご期待ください。