主なるものの限りあることが、あなたが互いに対等なものどうしを生き合う理由である | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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絆の創造





 その2 主なるものの限りあることが、あなたが互いに対等なものどうしを生き合う理由である





 おそらく人類が数千年にわたって互いを傷つけることになった最大の誤解は、主なるものと神とを同一視してしまったことであろう。

 じつは、主なるものとは神のことではなく、エゴのことなのである。

 そして、神とは互いに対等なものどうしがより生き合われる絆のことなのである。

 エゴである主なるものに従うからこそ、人類は数千年にわたって、神に従いながらエゴにも従い、互いに対等なものどうしを傷つけることになったのではなかろうか。

 わたしたちが従うべきは、主なるものというエゴではなく、互いに対等なものどうしの絆である愛なのである。

 また、あえて言えば、愛こそ、真実の主である。

 まさにイエスはこのことをわたしたちに伝えているのである。

 なんじの敵を愛せよ、とは、主なるものによれば敵であるものが、互いに対等なものどうしの間においては、敵というものはなく、よりよく生き合うべき存在があるだけであるということを語った言葉なのではなかろうか。

 じつに、互いに対等なものどうしの間において、敵というものは存在せず、ただ互いによりよく生き合う関係だけがあるのである。





 もとからなるあなたは、主なるあなたの限りあることを、互いに対等なものどうしの絆であるものによって乗り越える、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものが限りあることを理解することで、互いに対等なものどうしの絆であるものを生きるものとなるのである。



 もとからなるあなたは、互いに対等なものどうしの絆であるものを通して、主なるあなたの限りあることを乗り越える、とあなたは聞いた。

 あなたは、互いに対等なものどうしの絆であるものを生きることで、主なるものの限りあることを乗り越えてゆくことができるのである。



 もとからなるあなたは、互いをよりよく生き合うことを通して、互いに対等なものどうしの絆であるものを生きる、とあなたは聞いた。

 あなたは、互いに対等なものどうしを生き合うことで、あなた自身が互いに対等なものどうしの絆であるものとなって生きるのである。



 もとからなるあなたは、互いに対等なものどうしの絆であるものを通して、互いをよりよく生き合う、とあなたは聞いた。

 あなたは、互いに対等なものどうしの絆であるものとなることで、互いに対等なものどうしをより生き合うのである。



 もとからなるあなたは、互いをよりよく生き合うことを通して、主なるあなたの限りあることを乗り越える、とあなたは聞いた。

 あなたは、互いに対等なものどうしを生き合うことで、主なるものの限りあることを乗り越えることができるのである。



 もとからなるあなたは、主なるあなたの限りあることを、互いをよりよく生き合うことで乗り越える、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものの限りあることを理解することを通して、互いに対等なものどうしをより生き合うことができるのである。

(続き)




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 7月1日、アマゾンにて、中世キリスト教神学にインスパイアされた哲学詩「人間の神学」(電子書籍、キンドル版)を刊行しました。





(最終章より抜粋)

 あなたは、たまたまその時の自分に、もっとも合致しているように思われるあなたであるものを生きているのに過ぎない。

 今生きているあなたであるものは唯一のものではなく、あなたは、もっとよいあなたであるものを生きることができるのである。

 今あるあなたであるものを選びとらせたものは、あなたの内的必然であるものである。

 あなたの内的必然であるものは、あなただけのものであり、誰もあなたと同じものを生きることはできない。

 ただし、あなたの内的必然であるものも、実は、今あるあなたであるものと同様に選びとられたものである。

 あなたの内的必然であるものを選びとらせたものは、あなたと対等な人間であるものである。

 あなたは、あなたに今のあなたであるものを選びとらせたあなたの内的必然であるものから、あなたの内的必然であるものを選びとらせた人間共通のものの上に立つことで、あなた自身を超えた、あなたであるものを生きるものとなるのである。







定価507円(USドル5ドルの円換算額) 
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<内容紹介>


中世ヨーロッパ神学に着想を得て、人間の信念について問いかける哲学詩。


序章 魂の入れ物である体を通して生きられている

第1章 否むことのできないところから立ちあがる(聖アンセルムス)

第2章 自分に基づくものだけを生きる(アベラルドゥス)

第3章 自分自身から直に生きられる(ルター)

第4章 一にして多である自分(ティエリー)

第5章 自分を育むために他者の存在がある(聖ボナウェントゥラ)

第6章 信じるものが自分を支えている(聖ベルナルドゥス)

第7章 共有できるものを生き合う(トマス・アクィナス)

第8章 具体的なものが、具体的な自分と他者を創る(サン・ヴィクトール学派)

第9章 反対のものからも、また創られる(クザーヌス)

第10章 他の誰でもない、自分であるものを生きる(ウィリアム・オッカム)

第11章 他者から生きられている自分を生きる(エリウゲナ)

第12章 互いは結ばれ合っている(ドゥンス・スコトゥス)

第13章 すでに生きられているものであることに気づく(エックハルト)

第14章 この世界はいかにも美しい(聖フランチェスコ)

終章 人間共通のものを通して、自分を超えた自分であるものと巡り合う


※ブログに掲載のものを元にしていますが、さらに思索を深め、進化を遂げたものになっています。




 その他の著作品を、アマゾン・キンドルストア、または、自著専門サイト「イリエノコ出版
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神はいるか、いないか。これはとてもナンセンスな議論だったと思い返されます。有神論も無神論もありません。強いて言うなら、自分の外の神を認めるか、内に神を認めるかの違いです。神とは、じつは人間の深部のことであり、神学とは、人間の神性ともいうべきものを問うものだと確信しています。ここから、自分独自の神学ともいうべきものが展開されます。


「内的音韻の探究」は、さらに人類の深層に入ってゆきます。どうぞ、ご期待ください。