主なるものから離れるとき、あなたは互いに対等なものどうしを生き始める | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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絆の創造





 その1 主なるものが限りがあることを知ったとき、あなたは、互いに対等なものどうしを生き始める





 あなたが現実の困難さを乗り越えることには限りがあった。


 乗り越えることができないという現実が、主なるあなたと、もとからなるあなたの関係を次の段階に移させるのである。


 主なるあなたであるものは、もとからなるあなたに対して、自身に代わるものを創造した。
 

 主なるあなたであるものが創造したものは、自身と対等なものを持たない自分自身とは相容れないものであった。


 それは、もとからなるあなたと対等な存在、ないし存在たちである。


 もとからなるあなたは、自身と対等なもの(対等なものたち)と協同することで、主なるあなたであるものとの関係の限界を超えて、よりあなたであるものを生きるものとなったのである。


 ただし、もとからなるあなたが自身と対等なものどうしを生きることは、主なるあなたであるものとの関係を完全に否定しきったものではない。


 主なるあなたであるものは、あなたが互いに対等なものどうしを生き合うことを通じて、主なるものを生きようとすることもあれば、あなたが互いに対等なものどうしを生き合うことを妨げることを通しても生きようとするであろう。


 そうして、主なるあなたであるものは、もとからなるあなたに対して、常に完全な存在であり続けるのである。


 これから繰り広げられることになるのは、もとからなるあなたを中心に、主なるあなたであるものと、互いに対等なものどうしの絆であるものとの対立と融和の歴史である。


 この隠れた心の歴史を訪ねることを通して、なにが人類の幸福で、平和であるかをともに考えていこう。




 人類が主なるものから、初めて互いに対等なものどうしの絆であるものの方に歩みを進めたときに聞いた内なる音は次のようなものだった。


   *


 主なるあなたの限りあることは、もとからなるあなたを、互いに対等なものどうしの絆であるものに基づかせる、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものに基づいて生きるだけではなく、互いに対等なものどうしの絆であるものに基づくことで、よりあなたであるものを生きることを理解したのである。



 主なるあなたの限りあることは、互いに対等なものどうしの絆であるものを、もとからなるあなたが基づくものにする、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものだけではなく、互いに対等なものどうしの絆であるものが、よりあなたであるものを生きる基であることを理解したのである。



 主なるあなたの限りあることは、互いに対等なものどうしを生き合うことが、互いに対等なものどうしの絆であるものを生きることを示す、とあなたは聞いた。

 あなたは、互いをよりよく生き合うことが、主なるものに代わって互いに対等なものどうしの絆であるものを生きることであると理解したのである。



 主なるあなたの限りあることは、互いに対等なものどうしの絆であるものが、互いに対等なものどうしがより生き合われる場所であることを示す、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものに代わって、互いに対等なものどうしの絆であるものが、あなたと、あなたと対等なものとが互いによりよく生き合う根拠であることを理解したのである。



 主なるあなたの限りあることは、互いに対等なものどうしをより生き合うことが、もとからなるあなたが求めるべきことであることを示す、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものに代わって、互いに対等なものどうしがよりよく生き合われることが、あなたがより生きる上で欠かせないことであることを理解したのである。



 主なるあなたの限りあることは、もとからなるあなたが、互いに対等なものどうしをよりよく生き合うべきことを示す、とあなたは聞いた。

 あなたは、主なるものから生きられる自分に代わって、互いに対等なものどうしを生き合うべきことを理解したのである。



(続き)




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 7月1日、アマゾンにて、中世キリスト教神学にインスパイアされた哲学詩「人間の神学」(電子書籍、キンドル版)を刊行しました。





(第14章より抜粋)

 自分が生きる世界にはただ肯定だけがある。

 この世界に良いものと悪いものとがあるとしたら、それは、自分がそのように判断しているからである。

 一見悪いことも、それは、すでによいことをいっそうよく生きるためである。

 あなたは、あなたから生きられる世界を通して、あなたであるものを生き、あなたから生きられる世界もまた、あなたを通して、世界自身であるものを表しているのである。


 すなわち、あなたは、あなたの生きられる世界から、なにものにも替えられることのない、固有のあなたであるものに息づかされるとともに、

あなたから生きられる世界もまた、あなたから、なにものにも替えられることのない、固有の場所に息づかされているのである。

 それは、あなたが、あなたの生きられる世界を、なにものにも替えられることのない、固有の場所に息づかせることで、

あなたの生きられる世界から、なにものにも替えられることのない、固有のあなたであるものに息づかせられるものだからであり、

あなたの生きられる世界もまた、あなたであるものをなにものにも替えられることのない、固有のあなたであるものに息づかせることで、

あなたからなにものにも替えられることのない、固有の場所に息づかせられるものだからである。







定価507円(USドル5ドルの円換算額) 
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<内容紹介>


中世ヨーロッパ神学に着想を得て、人間の信念について問いかける哲学詩。


序章 魂の入れ物である体を通して生きられている

第1章 否むことのできないところから立ちあがる(聖アンセルムス)

第2章 自分に基づくものだけを生きる(アベラルドゥス)

第3章 自分自身から直に生きられる(ルター)

第4章 一にして多である自分(ティエリー)

第5章 自分を育むために他者の存在がある(聖ボナウェントゥラ)

第6章 信じるものが自分を支えている(聖ベルナルドゥス)

第7章 共有できるものを生き合う(トマス・アクィナス)

第8章 具体的なものが、具体的な自分と他者を創る(サン・ヴィクトール学派)

第9章 反対のものからも、また創られる(クザーヌス)

第10章 他の誰でもない、自分であるものを生きる(ウィリアム・オッカム)

第11章 他者から生きられている自分を生きる(エリウゲナ)

第12章 互いは結ばれ合っている(ドゥンス・スコトゥス)

第13章 すでに生きられているものであることに気づく(エックハルト)

第14章 この世界はいかにも美しい(聖フランチェスコ)

終章 人間共通のものを通して、自分を超えた自分であるものと巡り合う


※ブログに掲載のものを元にしていますが、さらに思索を深め、進化を遂げたものになっています。




 その他の著作品を、アマゾン・キンドルストア、または、自著専門サイト「イリエノコ出版
」よりご案内しております。




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神はいるか、いないか。これはとてもナンセンスな議論だったと思い返されます。有神論も無神論もありません。強いて言うなら、自分の外の神を認めるか、内に神を認めるかの違いです。神とは、じつは人間の深部のことであり、神学とは、人間の神性ともいうべきものを問うものだと確信しています。ここから、自分独自の神学ともいうべきものが展開されます。


「内的音韻の探究」は、さらに人類の深層に入ってゆきます。どうぞ、ご期待ください。