完璧の人間は一人もいません。
みなどこかしら不完全です。
それがゆえ、人は、互いを理解し、助け合うことができるのです。
自信不足のあなたは、同じように自信不足の、あなたの隣人と、互いを力づけ合うことができます。
相手の自信不足に対する思いや奮闘を、自分のこととして理解し合うことができるからです。
人間的に未成熟なあなたは、同じように人間的に未成熟な、あなたの隣人と、互いを高め合うことができます。
相手の人間的に未成熟なことに対する思いや奮闘を、自分のこととして理解し合うことができるからです。
自分自身を縛っているあなたは、同じように自分自身を縛っている、あなたの隣人と、互いを解き放ち合うことができます。
相手の自分自身を縛っていることに対する思いや奮闘を、自分のこととして理解し合うことができるからです。
内に欠けているものを持っているあなたは、同じように内に欠けているものを持っている、あなたの隣人と、互いを補い合うことができます。
相手の内に欠けているものに対する思いや奮闘を、自分のこととして理解し合うことができるからです。
傷ついているあなたは、同じように傷ついている、あなたの隣人と、互いを癒し合うことができます。
相手の傷つきに対する思いや奮闘を、自分のこととして理解し合うことができるからです。
自分自身を支えることができないあなたは、同じように自分自身を支えることができない、あなたの隣人と、互いを支え合うことができます。
相手の自分自身を支えることができないことに対する思いや奮闘を、自分のこととして理解し合うことができるからです。
充実した人生を送れないあなたは、同じように充実した人生を送ることができない、あなたの隣人と、互いに、充実した人生を送り合うことができます。
相手の充実した人生が送れないことに対する思いや奮闘を、自分のこととして理解し合うことができるからです。
人はみな完璧ではありません。
もしかすると、あなたの完璧のなさは、これから、あなたの完璧のなさを共有する誰かと、あなたが繋がるためかもしれません。
※第24回「自身の未だ至らぬことを知るあなたは、自分自身だけでなく他者をも育む」 参照
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