自分が生きられるところまでが、自分の生きられている場所。
そこでは一点の間違いもありません。
なぜなら、あなたが生きる場所は、あなたが創造した場所だからです。
あなたが創造した場所になにか間違いがあるということは、自分の生の創造者であるあなた自身を否定することになるのです。
しかし、当然のことですが、人はひとりでは生きていけません。
他者とのかかわりがあってこそ、あなたがあるのです。
つまり、あなたは、自分自身の創造者ですが、同時に他者から創造されたものでもあるのです。
あなたが自分自身の創造者として正しさの証であるのは、あくまであなたが自分自身を生きる場所のみにおいてのことなのです。
あなたが他者と交わる場所においては、あなたにとって正しさであったものがそのまま正しさであるものにはならないのです。
他者とかかわって生きるあなたは、あなたが自身の創造者としての正しさを生きているように、他者との交わりにおいてもまた、正しさであるものを生きる必要があるのです。
そして、あなたがかかわる他者とは、あなたが他者との交わりにおいても、正しさであるものを生きるための手助けをしてくれている存在です。
あなたが他者との交わりにおいても、正しさであるものを生きるように、あなたがかかわる他者は、いつもちょうどいいタイミングで、あなたにかかわってくれているのです。
出会いは、自分の世界が他者によって押し広げられる経験ということが言えるでしょう。
あなたは、他者との出会いを通して、自分でがんじがらめにしていた自分自身を、自ら解き放ち、見えていなかった自分、隠していた自分、本当の自分に気づくことになります。
他者から教えられる自分が知らなかった自分。
また、他者も知らない自分。
それはとても驚きで、あなたは笑い出すかもしれません。こんな自分だったことに。
反省すべきは反省し、よいところを見つけたときは、それを自信にしてゆく。
自分に対する気づきには、ときには痛みを伴うこともあるかもしれません。
しかし、それは、あなたがさらに前に一歩進めるために、通らなくてはならない大切な通過点なのです。
またあなたは、他者とのかかわりの中で、他者も自分もない、私でありあなたであるものに導かれます。
それは、とても爽快な、新しい自分の発見です。
自分自分というものにとらわれなくてもいいということは、自由な自分を生きるということです。
中でも身体接触は、それがとくに異性とのものならなおさら、新しい世界に触れ、新しい自分と交わる行為であるかもしれません。
他者を介して、新しい自分と交わる。それは、とても心地よいことです。
他者との触れ合いから、あなたの中に新しいあなたであるものが生まれ、さらにそれまでのあなたの世界を超えて、新しいあなたであるものが生きられる世界が創造されるのです。
あなたは、他者との交わりを通して、どこまでもあなたの世界を押し広げて、生きることができます。
それには宇宙のように、限りというものがありません。
でも、限りがないことはあなたの人とかかわる原動力であり、あなたは、人とのかかわりをあくなく求めてゆくことができるのです。
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これでひとまず、このシリーズを終わります。これからは、ここで取り上げ述べてきたことを発展させたものをつづっていきたいと思います。
また、詩をひさびさ書くつもりです。
当然、その詩は、ここまで述べてきたものを反映したものです。
詩を通して、さらに思索を深めていきます。
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