試みのカウンセリング論の第4回目は、「他にかかわる、他の誰でもない自分」です。
これは、中世の神学者ティエリーの思想「一なるもの」としての神を、「自分」に置き換えたものです。
あなたという存在は、他のなにものでもない、一なる存在です。
あなたを他に置き換えることも、分割することもできません。
ただ、あなたは、すべての基準になる1でもある。
あなたは、数多のものの中に、自分であるものを無限に創造することができるのです。
これは、カウンセリングにおいてとても重要なことです。
自分というものは、ここにある自分だけではない。どのようにも生きることができるのです。
それこそ、宇宙にある数多のものだけあるのです。
あなたは、自分が意思さえすれば、なんにでもなれるのです。
一なるものとは、可能性のことでもあるのです。
あなたは、数多のものを生きる限りない可能性をもって、自分を生きている。また生きつつある。
そのあなたを生きるのは、あなた以外の誰でもないのです。
そして、他の誰でもないあなたは、一なるものとして、数多のものの中で生きるのです。
すなわち、他の誰でもないあなたは、数多のものをあなた自身のもので息づかます。
他の誰でもないあなたの血であるものは、数多のからだであるものを、より強くあるものに力づけることができるのです。
また、他の誰でもないあなたは、数多のものをあなた自身のもので導き、育みます。
他の誰でもないあなたの胸であるものは、数多の耳であるものを、より高く導き、育むことができるのです。
また、他の誰でもないあなたは、数多のものをあなた自身のもので在らせ、生かせます。
他の誰でもないあなたの腕(手)であるものは、数多の脚(足)であるものを、より限りなく創造することができるのです。
また、他の誰でもないあなたは、数多のものをあなた自身のもので満ち足らせます。
他の誰でもないあなたの内腑(果実)であるものは、数多の肩(器)であるものを、より豊かに満たせることができるのです。
また、他の誰でもないあなたは、数多のものをあなた自身のもので守ります。
他の誰でもないあなたの皮膚(鎧)であるものは、(無防備な)数多の背であるものを、より堅固に守ることができるのです。
また、他の誰でもないあなたは、数多のものをあなた自身のもので支えます。
他の誰でもないあなたの骨であるものは、数多の肉身を、より一に支え持つことができるのです。
また、他の誰でもないあなたは、数多のものをあなた自身として味わいます。
他の誰でもないあなたの舌であるものは、数多の目であるものを、よりあまねく味わうことができるのです。
一なるあなたは「実存」とも言い換えることができます。他のものに置き換えることのできない、他の誰でもない自分は、一なる神に等しい存在なのだということが言えるでしょう。
また、神に等しい存在だからこそ、あなたは神と対話することができ、自らの創造主として生きることができるのです。
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