ひきつづいて第1章「あらかじめなる女」(仮題)の第1節「あらかじめ熱く創られている」について書きたいと思います。
孤独が自分を創っている。
エリウゲナ(中世のカロリング・ルネサンス期の神学者)的にいうなら、それは「創造されるが自らは創造しない自然」としての自分です。
被造物としての自分。
だが、この自分はまた世界の創造主としても存在している。
あなたがこの世界が寂しい場所であると感じるとき、それは、あなたがこの世界を寂しい場所に創造しているからなのです。
自分が創造した寂しい場所で、あなたは自分の孤独を生きている。
そのあなたは、世界を創造する自然です。
恋人と別れたあなたは、新たに自分が生きる場所を創造する。
そこは、あなたの孤独の心を穴埋めしてくれる存在が待っている場所。
あなたの孤独の心を癒してくれる存在もまた、あなたが創造したものです。
そして恋人によって、あなたはより生きようとする。
それは、世界を創造しつつ世界から創造される自分です。
あなたの胸苦しさ、それはあなたの恋人のために設けられた祭壇です。
しかし、あなたはまた、なにものをも創造しないし、なにものからも創造されない自然なのです。
恋人など関係なく、あなたは存在しているのです。
すなわち、恋人はもちろんのこと、恋人を創造するあなたもまた、あなたが自らあるために創造したものだとも言えるのです。
と、この続きは、また次回をお楽しみください。
*
既刊作品は、アマゾン・キンドルストア 、または、自著専門サイト「イリエノコ出版 」よりご案内しております。
既刊作品 「プロメテウス 詩篇第1部 精霊たちとの対話」
「プロメテウス 詩篇第2部 哲学への問い」
「プロメテウス ノート」
「プロメテウス 新しきイエス」
「プロメテウス 新しきシッダッタ」
「プロメテウス 邪宗門」
