いまの自分を見据えて | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

世界とは、貴方について書かれた書物である。

 とうとう大晦日ですね。



 ほんと、気が付いたら、あ、そうか、今日でもう今年が終わる、という日になっています。



 今年を振り返るというようなブログをあちこちで読ませていただきました。



 一年を振り返るというのは、なにかいいですね。



 振り返ることで、そこで一つ自分が作られ、また新たな自分を作ってゆくんです。



 さて、この一年を振り返るならば、それは、まさにこのブログを書き続けてきた一年でした。



 1月20日にこのブログを始めました。



 そもそもどうしてこのブログを始めたかというと、その前の年にある作品の出版を試みました。



 いま思うと、内容や書き方が、まだ読者のことを考えていないものでした。



 ある出版社に原稿を持っていっても、受け取ってもくれません。



 自費出版を扱っているところで審査してもらうと、何百万かかるということを言われました。



 そこで、今は出版することは保留にして、独りよがりではない、人に読んでもらえるものを考えることにしました。


 

 その中で出会ったのが、アメブロだったのです。



 それまで、ブログを書くというのに、抵抗がありました。



 自分が書いたことが、すぐにインターネットで広がる、ということが恐ろしいことのように感じていたのです。



 でも、アメブロをやってよかった、と今とてもとても思っています。



 自分の記事を読んでくれている人がいる。



 そこで、もっと読んでもらえるように、文章や題材を工夫するようになる。



 この工夫が大事なんです。



 それまでの自分には、この工夫がなさすぎました。



 そんなわけで始めたアメブロ。



 最初の数ヶ月は、かなり独りよがり度が強いものとなっています。



 でも、やり続けていくうちに、次第に、オープンになっていきました。



 誰かに読んでもらうことを前提に書くことの効用が現れてきたのです。

 


 意識して、「貴方」を用いるようにしたことも良かったと思います。



 やはり、これは、誰でもよい誰かではなく、今これを読んでいる貴方に言葉を届けるようにしなくてはならないんです。



 そうして、自分の思想というものを、このブログを通して明らかにしていきました。



 具体的には、去年出版しようとしていたものを元にしています。



 ただ、内容的には、遥かに深いものに変わりました。



 また、ずっと以前に書いた小説も、一部手を加えて連載しました。




 さて、自分の思想を、このブログを通して明らかにしてゆくうちに、自分の中で化学反応が起こり始めました。



 わたしは、すべての人のものになろう、と決意しました。



 考えてみれば、すべての芸術家、すべての思想家は、みなすべての人のものなのです。



 やっと、芸術家、思想家になる覚悟ができたということです。



 もうこれからは、自分を守ろうとは思いません。



 すべての人のために生きたいと思います。



 ところで、わたしは、スピリチュアル系のものにはある程度関心はあるものの、距離感も持っていました。



 信じるものは救われる的なものには、真実を見ようとしないものを感じていたのです。



 でも、これは信念の問題なのです。



 自分が信じるものを信じる、これに尽きるのです。



 けっして、超現実的なことを真実として受け止めることではないのです。



 とはいうものも、じつはわたし自身、超現実的な体験を二つしています。



 このさい、少しだけ打ち明けると、一つは、ポルターガイスト体験。



 こんなことがあるのかと、本当にびっくりしたものです。



 どう考えてもありえないことが、自分の身に起こったのです。



 もう一つは、なにげなく、冬の雲ひとつない空を仰いだとき、そこに人の後ろ姿が現れたのです。



 あれは、自分の中の記憶が、突然、空をスクリーンにして映し出されたのかな、とか勝手な解釈をしていますが、幻視というのはこういうものかもしれません。



 ただ、こうした経験はあっても、わたしは、基本はスピリチュアル系の人間ではありません。



 けれど、思うのです。



 自分には、なさなければならない、使命というものがあるのではないか。



 冬の空に見た幻視は、イデアだったと考えています。



 目に見えないものはあるのだ。



 それを表すのが自分の仕事なのだ、と。


 

 もう完璧にスピリチュアルですね。



 ただ、自分は、あくまで哲学で行こうと思っています。



 すべての人が理解できる言葉を求めてゆくのが、哲学の仕事なのだと考えています。






 では、


 新年がすべての人に幸多いことをお祈りします。