互いに対等なものどうしを生き合う 第60回 ティエリーその二 一なる言葉 | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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世界とは、貴方について書かれた書物である。

 本日二回目の更新です。




 さて今回のテーマは、「一なる言葉」です。



 真理は一つといいます。


 一方、個々に真実があるともいう。



 これは、貴方が自分自身をどのように捉えているかということと一致するかもしれません。



 貴方が自分を一なる存在であると意識するとき、貴方が生きられる真理は一つなのです。



 一方、貴方が自分を数多なる存在であると意識するとき、貴方が生きられる真理は数多となる。



 それは、真理から生きられる貴方が一ならば、貴方が生きる真理は一でなければならない、という照応の関係です。


 

 しかし、真理から生きられる貴方が多様な存在ならば、貴方が生きる真理はやはり多様なものでなければならないということです。



 もっとも、このことは言えるでしょう。


 

 今を生きる貴方は数多なるものではない、ということ。



 よって、貴方が生きられる真理は、一つでなければならない、ということです。



 自分がこれまで生きてきた過去を振り返るときに、貴方は自分が多様に生きていたということに気が付くのです。



 むろん、一途に生きてきたという場合もあるでしょう。



 つまり、これまでの生き方が、貴方の真理の把握に反映されているわけです。



 しかし、今を生きる貴方は、一なる存在です。



 よって、貴方は、一なる真理を生きているということが言えます。



 一なる真理、言葉を変えれば、一なる言葉です。



 貴方は、一なる言葉にしたがって、今を生きているのです。



 一なる言葉は、貴方を一なる存在として生きます。



 そして、1×数多が数多自身であり、一個も増えたり減ったりしないように、貴方は、世界の数多自身として世界の隈なくに偏在しているのです。



 世界を一皮めくれば、貴方が現れてくる。

 


 また世界は、その内側を一なる貴方の言葉で満たしている。



 貴方は、いつでも世界の数多から、貴方への一なるメッセージを受け取るのです。