以前、南桂子について、7月22日のブログでご紹介していますが、そのときはNHKの日曜美術館を見たときの感想を書かせていただきました。
その後、どうせなら実物を見ようと思いたって、先日日本橋水天宮に見に行ってきました。
そこで見て思ったことは、以前ブログで書かせてもらったこととはまた違うものでした。
はじめ、ずっと少女の姿を目で追っていましたが、途中からわたしの関心は、少女ではなくて、少女のそばに付き添っている鳥や犬などに向かうようになりました。
女性の方は、たぶんあまり意識せずに、人間のそばに愛玩動物を描いたりしますよね。
単純に少女を引き立てるための、また画面にメルヘンな要素を加えるための、添え物なのかな、と思っていました。
だけど、次第にそうではないのだ、というように思うようになりました。
少女のそばに付き添っているのは、少女の引き立て役なんていうのではない。
もっと、精神的なものなのではないのか、と思えてきてならなくなったのです。
それは、少女に語りかけてくるものなのではないのかな、と。
ひょっとして女性の方は、そのような、自分に向かって語りかけてくるものを、みな持っていられるのではないのかなと、思ったのです。
自分をいつも見てくれ、語りかける存在。
そういう存在に気づいている画家は、ためらわず、自分に語りかける存在を、自分の分身である少女のそばにおいて描いているのではないのかと思いました。
わたしの横にいる人も、そんな、どこかいつもメルヘンをうちに持っているひとです(笑)。
※ここで使用している画像は、「南桂子作品集ボニュール」から携帯で撮ったものです。ひどい画像でとても恐縮ですが、そこはご愛嬌ということで、ぜひ、実物を見られることをお勧めします。


