第二の結論。
「自分を超えて自分を生きる、自分であるものは、あなたに目隠しして、あなたを導くのを妨げるものをあなたから遠ざける。」
わたしたちは知らず知らずのうちに目隠しをされていて、真実から遠ざけられ、目に見えないある意志に導かれているのではないか、という疑いの目を常に持つことが大事です。
盲目のわたしたちの心は、ただ自分の目に見えるものだけを真実に感じ、自分の目に見えないものを真実とは感じず、自分の目に見えるものだけを信じるあまり、ほんとうの生を生きることができなくなるのです。
モンタノス主義も、その前の聖女ルチーアの殉教も、そして正統派教会といわれるものも、自分を超えて自分を生きる、自分であるものから目隠しされて、本当の自分の生を生きているとはいえないのです。
その後も教会は自身の内側に、絶えず敵を産みつづけることになります。