サマリアのメシア その一 その男危険につき | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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 イエス亡き後、ペテロが指導する教団にとって最大のライバルとなった、シモン・マグス(マグスとは、偉大なるの意)について語りたいと思いますが、この人物は知れば知るほど興味が尽きません。

 その全部を一度に書き尽くすことはとてもできないので、何回かに分けて述べていきたいと思います。

 今回は、この人物について知られていることをご紹介するだけに留めます。


 シモンは、紀元1世紀、サマリアの小さな村で生まれました。

 最初、洗礼者ヨハネの弟子でしたが、ヨハネが捕らえられ斬首された後は、アレクサンドリアの町で魔術を学び、その後サマリアとローマで活動したということです。

 彼は、自ら救世主(メシア)を名乗り、サマリアから現れたメシアということで、サマリアのメシアと呼ばれます。

 メシアの名は、イエス自身も用いていたわけで、自らをメシアと名乗るひとたちが、一人や二人ではなかったかもしれません。


 キリスト教が伝えるものでは、彼について、あまりいい話は聞かれません。

 そのあたりは、ウィキペディアなど(シモン・マグス、またはシモン・マゴス)で、ご自身で調べられてもいいでしょう。

 ただ、それはペテロの指導する初期のキリスト教が意図的につくりあげたものとみなしてもよいのではないかと思います。


 シモンについて、わたしが注目するのは、ペテロがイエス亡き後の教団を指導することに対して異議を唱えたということです。

 イエスがなそうとしていたことは、ペテロが引き継いでいるといえるのか、という疑問があります。

 イエスはほんとうにペテロを自分の後継者に選んだのだろうか。

 シモンはこのことに疑問を呈します。

 そして、イエスが後継者として選んだのはペテロではなく、マグダラのマリアだった、と説くのです。

 女性の指導者を認めないペテロら指導層は、イエスの言行(意図的な捏造があったかどうかわかりませんが)を通してペテロがイエスの後継者であることを強調するとともに、マグダラのマリアを支持する人たちを徹底排除にかかったのだと考えられます。


 シモンはこのことを理解していました。

 そうしてペテロが指導する教団に対して痛烈な批判を展開するのです。

 つまり、シモンは、マグダラのマリアの側に立つ人間だったというわけです。


 ただ彼の思想の中核はグノーシス主義だといわれます。

 そこがペテロが推し進めるキリスト教の教義と大きく異なるところです(ゆえに、正統キリスト教側から異端をを宣告されますが、そもそも違う思想ならば、異端宣告は的外れということになります)。


 あくまで自分が理解しているところで述べると、グノーシス主義は神と世界についての神秘哲学で、神は完全なる存在ではなく、不完全な存在で、神自身の不完全さが、世界の混乱を創り出していることをすべての人が理解することを通して、世界は再生に向かうと考える思想です。


 イエスの教えは、彼のグノーシス主義を補完するために用いられたのです。


 ちなみに、このシモンはローマで活躍したおりに、古代ローマ市民の第三名であるFaustus(「祝福されし者」)を授けられ、そのことから、ファウスト伝説のモデルといわれています。

 

 次回から、シモンが行ったことをもっと具体的に述べていきたいと思います。