去年6月、NHK「日曜美術館」で放映され、話題になった、ある番組のもようを録画したものから文字を起こして、ここに再現しました。
あえてコメントは入れないで、あなたにご覧いただこうと思います。
2008年の5月、南米ボリビア・ウユニ塩湖で、車どうしの正面衝突による爆発炎上事故があり、日本人6名の方が亡くなられました。
犠牲者の一人が鹿嶋恵里子さん(当時30)でした。
彼女のご両親は、その死をどうしても受け止めることができず、娘とこの世で再会したいと願い、画家に娘の絵を依頼したのです。
結婚を間近に控えた幸せそうな娘の写真を目にしながら、彼女の父親が言います。
「この幸せな(結納式の)十日後のことですからね。ありえないですねえ。」
母親も、「本当、突然だったのでね。まだ気持ちの整理ができていないというか、区切りができていない。」
父親、「絵なら、話しかけられるのではないか、と。ただの絵じゃないんですね。ぼくの精神生活を支えてくれるようなものを思うわけですね。それによって、ぼくたちの悲しみが少し癒されるかもしれないし。」
父親は元新聞記者をしていて、元同僚である美術担当の人間に話を持ちかけ、そこから画家諏訪敦さんを紹介されたのでした。
「明るくはつらつとした娘をよみがえらせてほしい」
諏訪さんは依頼を受けたとき、悩みました。
死んだ娘の肖像画を描いてほしい、という依頼は初めてだったからです。
肖像画といえば、通常は生きている人を前に置いて描きます。
しかし、この依頼は、描こうとする相手はもうこの世には存在しないのです。
さらに、依頼主は、ただの肖像画以上のことを求めています。
画家は悩んだ末、承諾します。
それは、両親の醜態までさらけ出して、どうしても娘を描いてほしいという熱意に感動したからなのです。
「ふだん、むきになっている人を見ないでしょ。自分の醜態をさらしてまでの姿に妙に感動してしまったところがあって、その人が欲していることに、ちゃんと応えるべきだろう。」
これはすごいことだと思います。
この感動があってこそ、絵ははじめて、描くに値するものとなるのですから。
とはいえ、この世にない人を描くということは、簡単なことではありません。
できるかぎりの情報を集める。これが画家が絵に向かう前に取り組まなければならない作業です。
生きている間に絵の対象者が残したさまざまな情報を集めなければなりません。
そのたくさんの情報から、会ったことのない肖像画の主人公を作り上げてゆくのです。
画家はまず両親の顔をデッサンします。この両親から生まれたのが、絵の対象者、鹿嶋恵里子さんであるからです。
両親の顔の輪郭から亡くなった娘に似ている部分を細かく探してゆく。
また、肖像画の主人公が生前着ていたという服や写っている写真を手元に置いて、画家は自分なりの恵里子像を作り上げます。
画家は、写真にはない、時計を外してたたずむ恵里子像を創り出しました。
「現世の時間を卒業した」人の姿として。
しかし、画家はこう悩みを語ります。
「両親が望むものは、再生だけども、無理に生気がみなぎった顔を描いて、生まれ変わったんだということにするより、この人は、別の世界で再生というか、別の時間軸を生きている、という人なんだということで、自分は描いていて──時計を外すというこのポーズをとることで、この世の決別を描くつもりだったのですが。」(適度に加筆しています。ブログ管理者)
両親とのメールのやりとりの中で、画家の心は、父親の心情に大きく揺れます。
父親からのメール
「娘は死んだ」とは思っていません。
恵里子はおめかしして、わたしに会いに来るのです。
娘はもうこの世の人間ではないものとして描こうとした画家は、この父親の「娘は死んだ」とは思っていない、という心情に、どう応えたらいいのかと立ち止まって考えます。
時計を外すというしぐさは、どこかさみしげで、両親の思いに応えられるものではない、と画家は感じます。
画家は、それまで描いていた絵に白い絵の具を垂らし始めます。それは本来画家がもっとも嫌うことでしょう。
自分が全身全霊を傾けて描いた絵を、自らの手でつぶしてしまうのです。
画家は、依頼主と同じように、不慮の事故で子を亡くした人たちの団体の事務所に赴き、両親の思いにどう応えたらいいかと相談します。
そこで、画家は、娘を十数年前に亡くされた母親から、「ご両親が望まれているのは、本人そっくりの絵ではないと思いますよ。両親も知らない娘の姿なのではないですか。画家である、あなたが感じ取られたものを、描いたらいいと思います。」というアドバイスを受けます。
その言葉に励まされ、画家は再び肖像画の製作に向かいます。
画家が新たに得た恵里子像は、自分の腕から時計を外すのではなく、自分の前で両手で時計を持っている姿です。
そして、絵の主人公は笑う少し前の、ほんのり赤みを帯びた生気ある頬をして、たたずんでいます。
6月、画家諏訪敦さんは、半年をかけて完成した絵を携えて、鹿嶋恵里子さんのご両親のもとを訪れました。
箱から出されて絵と対面し、「わ、恵里子だ。」と声を上げる父親。
そして、絵の中の娘に向かい、涙ぐみながら、「えりちゃんだ」といい、後ろを振り返って、「恵里子だよ」と、娘の母親に声をかけます。
そしてあらためて壁にかけられた娘に向かって、「大きくなったな」と、小さな声でつぶやき、子の成長を確認しているよう。
そしてため息をつきながら眺め入りながら、父親は何度と、うなずいている。
父親の横に来た母親が、「毎日来るたびに──、えりちゃんが、ただいまと言って帰ってこられるね。いつもここにいてくれて──。」と、絵に向かって語りかける。
そこで、父親が、悟ったように、こう語るのです。
「恵里子の、こういう姿というのは、なかったです。いわゆる架空ですね。で、恵里子の存在じたいももう、架空なのね。現実にはないからね。架空が現実の世界に下りてきた、ということね。」
また母親も、「写真と違って、感動がありますね。何か、語りかけてくる。そこに、恵里子がいるように。」と、なにか超越的な存在となった娘と対面しているのです。
番組では絵の持つ意味についてこう述べています。
「写真は思い出だが、絵は記憶である。」
思い出は次第に薄れ、消えてゆくが、記憶は心の中に刻み込まれ、なんどとよみがえってくるものである、ということです。
最後に一言、コメントを入れさせてください。
肖像画の中の故人の姿が、それに対面するものの心に訴えかけてくるものは、死者の魂といってよいものかもしれません。
オカルト的な意味でなく、精神的なものとして、今を生きるものの魂に寄り添うものなのではないでしょうか。
故鹿嶋恵里子さんの魂がいつまでも安かであることをお祈りします。
また、故鹿嶋恵里子さんのご両親さま、勝手にブログで取り上げさせていただいたことを、どうかお許しください。