哲学をするとは、哲学をしないことである。♪I left My Heart In~ | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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世界とは、貴方について書かれた書物である。

 ただいま、次の思索をまとめているところですが、この機会に、ここで行っている思索の意味を簡単に述べさせていただきたいと思います。


 まず、なにかの思想、哲学を解説しようというものではない、ということです。


 そういうものを望まれる方は、いくらでもその手の場所はありますので、そこを当たってください。 


 ここは純粋に、哲学そのものを行っている場所です。


 

 そもそも哲学というものについて、このように考えています。


 「真に哲学をするとは、哲学をしないことである。」


 だれかの哲学について述べ、自分の考えをそこに付け加えるていのものを、わたしは哲学とは認めていません


 哲学を学んでいるということは言い得ても、哲学をしていると考えません。


 そういう意味で、哲学者を名乗っていい人間は、どれだけの数がいるのか、わたしはわかりません。


 また、自分の生き方について、考えを述べているブログはたくさん見受けられますが、はっきりいって、どうしても浅さというものを感じてしまいます。

 


 自分も偉そうなことはいえないわけですが、しかし、哲学ぶっているだけの見せかけを哲学だと思い上がらないでもらいたいと思います。



 まずこのことをお勧めします。


 いっさいから離れてください。


 どんな言説も、それは参考にはなりえても、そこに自分の考えを立脚させてはいけません。



 いっさいの中に飛び込んでください。


 そして、それがどういう意味を持っているのか、自分自身のこととして感じてください。




 「哲学をするとは、哲学をしないことである」、このことをともに生きようではありませんか。


 ジュリーロンドンのハスキーな声がしびれる「I left My Heart In san Francisco」をお楽しみください。