前回の天地創造に続いて、再び妄想のつづきです。
古代の四大思想が現れる前の状況とは一言でいうなら、悪が蔓延している世界です。
どういう悪が蔓延していたか。
それを四大思想にそって言うならば、第一に、互いを超えて互いを生きるもの(神存在)の下で、互いの人間が互いを尊重しない世界、これは孔子が出てくる背景として考えることができます。
第二に、互いを超えて互いを生きるもの(神存在)から生きられるだけで、自分自身を生きることができない世界、これはシッダールタ、すなわちブッダがでてくる背景として考えられます。
第三に、互いを超えて互いを生きるもの(神存在)に、ただ従順にしたがう世界、これはソクラテスがでてくる背景として考えることができます。
第四に、互いを超えて互いを生きるもの(神存在)の下で、互いを分け隔て(差別)している世界、これはイエスが出てくる背景として考えられます。
どうしてこのような悪が蔓延していたか。
それは、互いを超えて互いを生きるもの(神存在)に深くかかわる、根源的な問題です。
ここでまた「あなた」という言葉を使わせていただきたいと思います。
自分を持ったとき(その言葉を聞いたことで、あなたは自分というものを持ったわけですが)、あなたは聞いたのでした。
「わたしは、あなたのあらかじめなる血である。
あなたは、わたしからあらかじめ息づかれることで、あなたの「強くあるもの」を生きるのである。
わたしは、あなたの高き胸である。
あなたは、わたしから高く導かれ、はぐくまれることで、あなたの「聡くあるもの」を生きるのである。
わたしは、あなたの限られなき腕である。
あなたは、わたしから限られなく創造され、在らされることで、あなたの「とらわれなくあるもの」を生きるのである。
わたしは、あなたの深き内腑である。
あなたは、わたしから深く満ち足らされることで、あなたの「豊かくあるもの」を生きるのである。
わたしは、あなたの堅き皮膚である。
あなたは、わたしから堅くかばわれることで、あなたの「貴くあるもの」を生きるのである。
わたしは、あなたの一なる骨である。
あなたは、わたしから一に支え持たれることで、あなたの「重くあるもの」を生きるのである。
わたしは、あなたのあまねき舌である。
あなたは、わたしからあまねくおし拡げられ、味わわれることで、あなたの「広くあるもの」を生きるのである。」
ここまでは、自分を超えて自分を生きるものとの契約の話です。
そのあと、あなたは、この言葉を聞いたのでした。
「わたしから、あらかじめ息づかれるためには、あなたは、
あなたが、わたしからあらかじめ息づかれることを阻むものを、あなた自身から追い出さなくてはならない。
もしそうしないならば、あなたは、わたしから、あらかじめ息づかれることはないであろう。
わたしから、高く導かれ、はぐくまれるためには、あなたは、
あなたが、わたしから高く導かれ、はぐくまれることを阻むものを、あなた自身から追い出さなくてはならない。
もしそうしないならば、あなたは、わたしから、高く導かれ、はぐくまれることはないであろう。
わたしから、限られなく創造され、在らされるためには、あなたは、
あなたが、わたしから限られなく創造され、在らされることを阻むものを、あなた自身から追い出さなくてはならない。
もしそうしないならば、あなたは、わたしから、限られなく創造され、在らされることはないであろう。
わたしから、深く満ち足らされるためには、
あなたは、あなたが、わたしから深く満ち足らされることを阻むものを、あなた自身から追い出さなくてはならない。
もしそうしないならば、あなたは、わたしから、深く満ち足らされることはないであろう。
わたしから、堅くかばわれるためには、あなたは、
あなたが、わたしから堅くかばわれることを阻むものを、あなた自身から追い出さなくてはならない。
もしそうしないならば、あなたは、わたしから、堅くかばわれることはないであろう。
わたしから、一に支え持たれるためには、あなたは、
あなたが、わたしから一に支え持たれることを阻むものを、あなた自身から追い出さなくてはならない。
もしそうしないならば、あなたは、わたしから、一に支え持たれることはないであろう。
わたしから、あまねくおし拡げられ、味わわれるためには、
あなたは、あなたが、わたしからあまねくおし拡げられ、味わわれることを阻むものを、あなた自身から追い出さなくてはならない。
もしそうしないならば、あなたは、わたしから、あまねくおし拡げられ、味わわれることはないであろう。」
あなたはこの警告を受け取ったのでした。
さらにあなたは、この恐ろしい言葉を聞いたのです。
「わたしから、あらかじめ息づかれないものは、
死ななくてはならない。
なぜなら、わたしが、まさにあなたをあらかじめ息づくものだからである。
わたしから、高く導かれ、はぐくまれないものは、
石のように、愚かなままである。
なぜなら、わたしが、まさにあなたを高く導き、はぐくむものだからである。
わたしから、限られなく創造され、在らされないものは、
草木のように、大地にとらわれたままである。
なぜなら、わたしが、まさにあなたを限られなく創造し、在らせるものだからである。
わたしから、深く満ち足らされないものは、
乾いた大地のように、飢(かつ)え苦しむであろう。
なぜなら、わたしが、まさにあなたを深く満ち足らせるものだからである。
わたしから、堅くかばわれないものは、
無防備なからだであり、あまたのものから、おびただしく損なわれることになるであろう。
なぜなら、わたしが、まさにあなたを堅くかばうものだからである。
わたしから、一に支え持たれないものは、
危ういからだであり、ちりあくたよりも軽い存在である。
なぜなら、わたしが、まさにあなたを一に支え持つものだからである。
わたしから、あまねくおし拡げられ、味わわれないものは、
世界について、なにも知らないままであろう。
なぜなら、わたしが、まさにあなたをあまねくおし拡げ、味わうものだからである。」
あなたは、あなたを超えてあなたを生きるものによって生きられるために、あなたを超えてあなたを生きるものから生きられることを阻むものをおびただしく損なうことになったのでした。
ところで、あなたを超えてあなたを生きるものから、あなたが生きられるのを阻むものとはなんでしょうか。
それは、互いに対等なものどうしであるものの絆です。
なぜそうか。
それは、あなたを超えてあなたを生きるものの本質が、まさに自身と対等なものを持たない永遠の孤独だからです。
あなたを超えてあなたを生きるものは、あなたを生きるために、あなたから、互いに対等なものどうしの絆であるものをこそ、排除しなくてならないのです。
かくして、あなたは、あなたと対等なものである、あなたの同胞であるものをおびただしく損なってきたのでした。
これが、古代の四大思想が現れる前の状況です。
次回は、いかにこうした悪が蔓延している世界を、四大思想家は、克服しようとしたかを想像(妄想)してみたいと思います。