新しきブッダ 第九回 苦行 その四 | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

世界とは、貴方について書かれた書物である。

 貴方は自身がこの世に生を得る前の子宮の中にいるような感覚に囚われた。
 すなわち、自身が包まれている水は羊水であり、この羊水に漬かりながら、ここから自身は新たな命として生まれようとしているのだ、と思った。
 貴方は、自身が包まれている羊水を通して、聡くある自身としてまだ生まれでない、と聞いた。貴方が包まれている羊水は、貴方を聡くある自身であるものとしてまだ生まない、と聞いた。聡くある自身であるものは、自身が包まれている羊水を通して、貴方にまだ生まれない、と聞いた。
 また、貴方は、自身が包まれている羊水を通して、とらわれなく在らされてある自身としてまだ生まれ出ない、と聞いた。貴方が包まれている羊水は、貴方をとらわれなく在らされてある自身であるものとしてまだ生まない、と聞いた。とらわれなく在らされてある自身であるものは、自身が包まれている羊水を通して、貴方にまだ生まれない、と聞いた。
 また、貴方は、自身が包まれている羊水を通して、深く豊かくある自身としてまだ生まれ出ない、と聞いた。貴方が包まれている羊水は、貴方を深く豊かくある自身であるものとしてまだ生まない、と聞いた。深く豊かくある自身であるものは、自身が包まれている羊水を通して、貴方にまだ生まれない、と聞いた。
 また、貴方は、自身が包まれている羊水を通して、貴くある自身としてまだ生まれ出ない、と聞いた。貴方が包まれている羊水は、貴方を貴くある自身であるものとしてまだ生まない、と聞いた。貴くある自身であるものは、自身が包まれている羊水を通して、貴方にまだ生まれない、と聞いた。
 また、貴方は、自身が包まれている羊水を通して、重くある自身としてまだ生まれ出ない、と聞いた。貴方が包まれている羊水は、貴方を重くある自身であるものとしてまだ生まない、と聞いた。重くある自身であるものは、自身が包まれている羊水を通して、貴方にまだ生まれない、と聞いた。
 また、貴方は、自身が包まれている羊水を通して、広くある自身としてまだ生まれ出ない、と聞いた。貴方が包まれている羊水は、貴方を広くある自身であるものとしてまだ生まない、と聞いた。広くある自身であるものは、自身が包まれている羊水を通して、貴方にまだ生まれない、と聞いた。

 雨がやんで、木漏れ日が貴方の上に降り注いでいた。ふと貴方にこの疑念が湧き起こった。
 自分とはほんとうにこのわたしであろうか。自分と思っているのは本当のわたしではないのではなかろうか。そもそも自分というものがあるのだろうか。ここにあるのは、自分だと思い込んでいるのではなかろうか。こは少し前までとは違う。そして、こと少し後では違うであろう。だが、このように思う自分は確かにある。こう思う自分と、こう思われる自身とは違うのではないか。こう思う自分はからだをもたぬ心だけの存在であり、一方こう思われる自分とはからだをもった自分ということなのではないか。からだとは、生きられたもの、思われたもののことなのではないだろうか。
 貴方は、自身の耳に、自身の脚に、自身の肩に、自身の背に、自身の肉身に、自身の目に訊いた。
「わたしの耳であるものよ。おまえは、真にわたしの耳であろうか。わたしの聡くあるものを生きるためのわたしだろうか。わたしの聡くあるものを生きるためでなければ、わたしはわたしの耳であるものを惜しげなく捨て去ろう。そして、真にわたしの耳であるものを持つことに努めよう。
 わたしの脚であるものよ。おまえは、真にわたしの脚であろうか。わたしの在らされてあることを生きるためのわたしだろうか。わたしの在らされてあるものを生きるためでなければ、わたしはわたしの脚であるものを惜しげなく捨て去ろう。そして、真にわたしの耳であるものを持つことに努めよう。
 わたしの肩であるものよ。おまえは、真にわたしの肩であろうか。わたしの深く豊かくあるものを生きるためのわたしだろうか。わたしの深く豊かくあるものを生きるためでなければ、わたしはわたしの肩であるものを惜しげなく捨て去ろう。そして、真にわたしの肩であるものを持つことに努めよう。
 わたしの背であるものよ。おまえは、真にわたしの背であろうか。わたしの貴くあるものを生きるためのわたしだろうか。わたしの貴くあるものを生きるためでなければ、わたしはわたしの背であるものを惜しげなく捨て去ろう。そして、真にわたしの背であるものを持とう。
 わたしの肉身であるものよ。おまえは、真にわたしの肉身であろうか。わたしの重くあるものを生きるためのわたしだろうか。わたしの重くあるものを生きるためでなければ、わたしはわたしの肉身であるものを惜しげなく捨て去ろう。そして、真にわたしの肉身であるものを持つことに努めよう。
 わたしの目であるものよ。おまえは、真にわたしの目であろうか。わたしの広くあるものを生きるためのわたしだろうか。わたしの広くあるものを生きるためでなければ、わたしはわたしの目であるものを惜しげなく捨て去ろう。そして、真にわたしの目であるものを持つことに努めよう。」

 風が吹いてきた。貴方を撫でるそよ風は、貴方が自身の命に反していることの気づきを促したのだった。
 すなわち貴方は、貴方を撫でるそよ風を通して、貴方が損なおうとしているものは、貴方を聡くあるものに導く貴方自身である、と聞いた。貴方が損なおうとしているものは、貴方を聡くあるものに導く貴方自身である、と貴方を撫でるそよ風から聞いた。貴方を撫でるそよ風は、貴方が自身を聡くあるものに導く貴方自身を損なおうとしている、と貴方に聞かせた。
 また貴方は、貴方を撫でるそよ風を通して、貴方が損なおうとしているものは、自身をとらわれなくあるものに在らせる貴方自身である、と聞いた。貴方が損なおうとしているものは、自身をとらわれなくあるものに在らせる貴方自身である、と貴方を撫でるそよ風から聞いた。貴方を撫でるそよ風は、貴方が自身をとらわれなくあるものに在らせる貴方自身を損なおうとしている、と貴方に聞かせた。
 また貴方は、貴方を撫でるそよ風を通して、貴方が損なおうとしているものは、自身を深くあるものに満ち足らせる貴方自身である、と聞いた。貴方が損なおうとしているものは、自身を深くあるものに満ち足らせる貴方自身である、と貴方を撫でるそよ風から聞いた。貴方を撫でるそよ風は、貴方が自身を深くあるものに満ち足らせる貴方自身を損なおうとしている、と貴方に聞かせた。
 また貴方は、貴方を撫でるそよ風を通して、貴方が損なおうとしているものは、自身を貴くあるものとして庇う貴方自身である、と聞いた。貴方が損なおうとしているものは、自身を貴くあるものとして庇う貴方自身である、と貴方を撫でるそよ風から聞いた。貴方を撫でるそよ風は、貴方が自身を貴くあるものとして庇う貴方自身を損なおうとしている、と貴方に聞かせた。
 また貴方は、貴方を撫でるそよ風を通して、貴方が損なおうとしているものは、自身を重くあるものとして支え持つ貴方自身である、と聞いた。貴方が損なおうとしているものは、自身を重くあるものとして支え持つ貴方自身である、と貴方を撫でるそよ風から聞いた。貴方を撫でるそよ風は、貴方が自身を重くあるものとして支え持つ貴方自身を損なおうとしている、と貴方に聞かせた。
 また貴方は、貴方を撫でるそよ風を通して、貴方が損なおうとしているものは、自身を広やかに味わう貴方自身である、と聞いた。貴方が損なおうとしているものは、自身を広やかに味わう貴方自身である、と貴方を撫でるそよ風から聞いた。貴方を撫でるそよ風は、貴方が自身を広やかに味わう貴方自身を損なおうとしている、と貴方に聞かせた。
 すると、貴方の中の虚ろな闇の底から、貴方が自身であるものを損なうのは、自身を超えて自身を生きるものから生きられるためである、と語りかけてくるのを貴方は聞いた。
 貴方は貴方自身を超えて貴方自身を導くものから生きられるために、貴方自身を聡くあるものに導く貴方自身であるを損なう、と聞いた。貴方は貴方自身を聡くあるものに導く貴方自身であるものを損なうことと引き換えに、貴方自身を超えて貴方自身を聡くあるものに導くものから生きられる、と聞いた。貴方自身を超えて貴方自身を導くものは、貴方が貴方自身を超えて貴方自身を導くものから生きられるために、貴方自身を聡くあるものに導く貴方自身であるものを損なう、と聞いた。
 貴方は貴方自身を超えて貴方自身を在らせるものから生きられるために、貴方自身をとらわれなくあるものに在らせる貴方自身であるを損なう、と聞いた。貴方は貴方自身をとらわれなくあるものに在らせる貴方自身であるものを損なうことと引き換えに、貴方自身を超えて貴方自身をとらわれなくあるものに在らせるものから生きられる、と聞いた。貴方自身を超えて貴方自身を在らせるものは、貴方が貴方自身を超えて貴方自身を在らせるものから生きられるために、貴方自身をとらわれなくあるものに在らせる貴方自身であるものを損なう、と聞いた。
 貴方は貴方自身を超えて貴方自身を満ち足らせるものから生きられるために、貴方自身を深くあるものに満ち足らせる貴方自身であるを損なう、と聞いた。貴方は貴方自身を深くあるものに満ち足らせる貴方自身であるものを損なうことと引き換えに、貴方自身を超えて貴方自身を深くあるものに満ち足らせるものから生きられる、と聞いた。貴方自身を超えて貴方自身を満ち足らせるものは、貴方が貴方自身を超えて貴方自身を満ち足らせるものから生きられるために、貴方自身を深くあるものに満ち足らせる貴方自身であるものを損なう、と聞いた。
 貴方は貴方自身を超えて貴方自身を庇うものから生きられるために、貴方自身を貴くあるものに庇う貴方自身であるを損なう、と聞いた。貴方は貴方自身を貴くあるものに庇う貴方自身であるものを損なうことと引き換えに、貴方自身を超えて貴方自身を貴くあるものに庇うものから生きられる、と聞いた。貴方自身を超えて貴方自身を庇うものは、貴方が貴方自身を超えて貴方自身を庇うものから生きられるために、貴方自身を貴くあるものに庇う貴方自身であるものを損なう、と聞いた。
 貴方は貴方自身を超えて貴方自身を支え持つものから生きられるために、貴方自身を重くあるものに支え持つ貴方自身であるを損なう、と聞いた。貴方は貴方自身を重くあるものに支え持つ貴方自身であるものを損なうことと引き換えに、貴方自身を超えて貴方自身を重くあるものに支え持つものから生きられる、と聞いた。貴方自身を超えて貴方自身を支え持つものは、貴方が貴方自身を超えて貴方自身を支え持つものから生きられるために、貴方自身を重くあるものに支え持つ貴方自身であるものを損なう、と聞いた。
 貴方は貴方自身を超えて貴方自身を味わうものから生きられるために、貴方自身を広くあるものに味わう貴方自身であるを損なう、と聞いた。貴方は貴方自身を広くあるものに味わう貴方自身であるものを損なうことと引き換えに、貴方自身を超えて貴方自身を広くあるものに味わうものから生きられる、と聞いた。貴方自身を超えて貴方自身を味わうものは、貴方が貴方自身を超えて貴方自身を味わうものから生きられるために、貴方自身を広くあるものに味わう貴方自身であるものを損なう、と聞いた。

 自身を超えて自身を生きるものによって生きられるために、貴方が損なったものは、自身を生きる自身であるものであることを理解した貴方は、自身を超えて自身を生きるものによって生きられるために、なにゆえ自身を生きる貴方自身であるものを損なわなければならなかったかを考えた。
「わたしは、自身の聡くあることを生きんがために、自身を聡くに導く自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を聡く導くものによって生きられようとした。しかし、自身を聡くに導く自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を聡く導くものによって生きられることで得たものは、聡くあることとは反対の疎くあることであった。すなわち、自身の疎くあることを生きんがために、自身を聡くに導く自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を導くものから生きられようとしたのである。
 またわたしは、自身のとらわれなくあることを生きんがために、自身をとらわれなく在らせる自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身をとらわれなく在らせるものによって生きられようとした。しかし、自身をとらわれなく在らせる自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身をとらわれなく在らせるものによって生きられることで得たものは、とらわらなくあることとは反対のとらわれてあることであった。すなわち、自身のとらわれてあることを生きんがために、自身をとらわれなく在らせる自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を在らせるものから生きられようとしたのである。
 またわたしは、自身の深くあることを生きんがために、自身を深く満ち足らせる自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を深く満ち足らせるものによって生きられようとした。しかし、自身を深く満ち足らせる自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を深く満ち足らせるものによって生きられることで得たものは、とらわらなくあることとは反対のとらわれてあることであった。すなわち、自身のとらわれてあることを生きんがために、自身を深く満ち足らせる自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を満ち足らせるものから生きられようとしたのである。
 またわたしは、自身の貴くあることを生きんがために、自身を貴く庇う自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を貴く庇うものによって生きられようとした。しかし、自身を貴く庇う自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を貴く庇うものによって生きられることで得たものは、とらわらなくあることとは反対のとらわれてあることであった。すなわち、自身のとらわれてあることを生きんがために、自身を貴く庇う自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を庇うものから生きられようとしたのである。
 またわたしは、自身の重くあることを生きんがために、自身を重く支え持つ自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を重く支え持つものによって生きられようとした。しかし、自身を重く支え持つ自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を重く支え持つものによって生きられることで得たものは、とらわらなくあることとは反対のとらわれてあることであった。すなわち、自身のとらわれてあることを生きんがために、自身を重く支え持つ自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を支え持つものから生きられようとしたのである。
 またわたしは、自身の広くあることを生きんがために、自身を広く味わう自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を広く味わうものによって生きられようとした。しかし、自身を広く味わう自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を広く味わうものによって生きられることで得たものは、とらわらなくあることとは反対のとらわれてあることであった。すなわち、自身のとらわれてあることを生きんがために、自身を広く味わう自身であるものを損なうことと引き換えに、自身を超えて自身を味わうものから生きられようとしたのである。」