新しきブッダ 第二回 疑惑 その二 | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

世界とは、貴方について書かれた書物である。

 また貴方は、世間的な自由を否定し個々の自由を重んじる考え方に耳を傾けた。
「あなたはなにが自由なことで、なにが自由なことではないかと思い悩む必要はない。
 あなたが在ることは自由であるということであり、自由でなければ、あなたが在ることはできないからである。
 あなたが在ることができるなら、あなたは自由に生きるものであるということである。
 あなたが自由に生きるものでなければ、あなたは在ることができないからである。
 あなたが自由に生きるものであるなら、あなたが生きられる世界もまた自由に生きられるものである。
 あなたが生きられる世界が自由に生きられないものなら、あなたが自由に生きられるものではなくなるからである。
 かくて、あなたはなにが自由なことで、なにが自由ではないと思い悩む必要はない。あなたが在ることも、あなたが生きることも、あなたが生きられる世界もみな自由なのである。
 ゆえに、あなたが在ることは自由ではないとか、あなたが生きることが自由ではないとか、あなたが生きられる世界が自由なものではないとかいうのは、誤った不要なことなのである。
 あなたは誰にもまして自由になるべきものだからである。」

 貴方は、貴方自身の自由についての言葉を生きると、それにあきたらず、貴方の自身についての言葉だけでなく、貴方ではないものについての言葉をも生きようとしたのである。すなわち、
「わたしはなにが自由なことで、なにが自由なことではないかと思い悩む必要はない。
 わたしが在ることは自由であるということであり、自由でなければ、わたしが在ることはできないからである。
 わたしが在ることができるなら、わたしは自由に生きるものであるということである。
 わたしが自由に生きるものでなければ、わたしが在ることができないからである。
 わたしが自由に生きるものであるなら、わたしが生きられる世界もまた自由に生きられるものである。
 わたしが生きられる世界が自由に生きられないものなら、わたしが自由に生きられるものではなくなるからである。
 かくて、わたしはなにが自由なことで、なにが自由ではないと思い悩む必要はない。
 わたしが在ることも、わたしが生きることも、わたしが生きられる世界もみな自由なのである。
 ゆえに、わたしが在ることは自由ではないとか、わたしが生きることが自由ではないとか、わたしが生きられる世界が自由なものではないとかいうのは、誤った不要なことなのである。
 わたしは自由になるべきものだからである。
 同じようにわたしではないものもまた、なにが自由なことで、なにが自由なことではないかと思い悩む必要はない。
 わたしではないものが在ることは自由であるということであり、自由でなければ、わたしではないものが在ることはできないからである。
 わたしではないものが在ることができるなら、わたしではないものは自由に生きるものであるということである。
 わたしではないものが自由に生きるものでなければ、わたしではないものが在ることができないからである。
 わたしではないものが自由に生きるものであるなら、わたしではないものが生きられる世界もまた自由に生きられるものである。
 わたしではないものが生きられる世界が自由に生きられないものなら、わたしではないものが自由に生きられるものではなくなるからである。
 かくて、わたしではないものはなにが自由なことで、なにが自由ではないと思い悩む必要はない。
 わたしではないものが在ることも、わたしではないものが生きることも、わたしではないものが生きられる世界もみな自由なのである。
 ゆえに、わたしとわたしではないものが在ることが自由ではないとか、わたしとわたしではないものが生きることが自由ではないとか、わたしとわたしではないものが生きられる世界が自由なものではないとかいうのは、誤った不要なことである。
 わたしとわたしではないものとは互いに自由に生きるものだからである。」

 また貴方は、世間的な充足を否定し個々の充足を重んじる考え方に耳を傾けた。
「あなたは自身が満ち足りるべきかどうかで思い悩む必要はない。
 あなたが在ることは満ち足りるためであり、満ち足りることで、あなたは在り続けるのである。
 あなたが在り続けるためには、あなたは自身を満ち足らせるように努めなければならない。
 あなたが満ち足らされるように努めなければ、あなたが在ることができないからである。
 あなたを満ち足らせるために、あなたが生きられる世界は満ち足りているのである。
 あなたが生きられる世界が満ち足りていないなら、あなたが満ち足りて生きられるものではなくなるからである。
 かくて、あなたは自身が満ち足りるべきかどうかで思い悩む必要はない。
 あなたが在ることも、あなたが生きることも、あなたが生きられる世界も、みな満ち足らされるためにあるのである。
 ゆえに、あなたが満ち足らされるべきではないとか、あなたが満ち足らされて生きるべきではないとか、あなたが生きられる世界は、あなたが満ち足らされるためにあるのではないというのは、誤った不要なことである。
 あなたは誰にもまして満ち足らされるべきものだからである。」

 貴方は、貴方自身の充足についての言葉を生きると、それにあきたらず、貴方の自身についての言葉だけでなく、貴方ではないものについての言葉をも生きようとしたのである。すなわち、
「わたしは自身が満ち足りるべきかどうかで思い悩む必要はない。
 わたしが在ることは満ち足りるためであり、満ち足りることで、わたしは在り続けるのである。
 わたしが在り続けるためには、わたしは自身を満ち足らせるように努めなければならない。
 わたしが満ち足らされるように努めなければ、わたしが在ることはできないからである。
 わたしを満ち足らせるために、わたしが生きられる世界は満ち足りているのである。
 わたしが生きられる世界が満ち足りていないなら、わたしが満ち足りて生きられるものではなくなるからである。
 かくて、わたしは自身が満ち足りるべきかどうかで思い悩む必要はない。
 わたしが在ることも、わたしが生きることも、わたしが生きられる世界も、みな満ち足らされるためにあるのである。
 同じようにわたしではないものもまた、自身が満ち足りるべきかどうかで思い悩む必要はない。
 わたしではないものが在ることは満ち足りるためであり、満ち足りることで、わたしではないものは在り続けるのである。
 わたしではないものが在り続けるためには、わたしではないものは自身を満ち足らせるように努めなければならない。
 わたしではないものが満ち足らされるように努めなければ、わたしではないものが在ることができないからである。
 わたしではないものを満ち足らせるために、わたしではないものが生きられる世界は満ち足りているのである。
 わたしではないものが生きられる世界が満ち足りていないなら、わたしではないものが満ち足りて生きられるものではなくなるからである。
 かくて、わたしではないものは自身が満ち足りるべきかどうかで思い悩む必要はない。
 わたしではないものが在ることも、わたしではないものが生きることも、わたしではないものが生きられる世界も、みな満ち足らされるためにあるのである。
 ゆえに、わたしとわたしではないものが在ることが満ち足らされるべきではないとか、わたしとわたしではないものが生きることが満ち足らされるべきではないとか、わたしとわたしではないものが生きられる世界が満ち足らされるべきではないとかいうのは、誤った不要なことである。
 わたしとわたしではないものとは互いに満ち足らされるべきものだからである。」