貴方と、貴方の同胞についての神学 第七章 あまねきからだ | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

世界とは、貴方について書かれた書物である。

 フランチェスコ会の創設者、聖フランチェスコが、自身の神学として特徴づけていることは、神を世界をあまねく照らす光であると、捉えたことです。

 数多のものは、神から照らし出されることで、輝く。神なくして、数多のものは輝くことはない。

 神の光は真実の光であり、数多のものは神の光によって、真実の生を生きる。

 神の光をそのまま、科学の光に置き換えれば、これは科学の精神になります。

 真実の光によって照らし出されたもの、それは、われわれが新たに生きる領域です。

 われわれが物事を知り、理解するということは、新たな生を生きるということを意味します。

 この考え方は、それから二世紀を経てルネサンスを生んだものです。


 この「照明説」は、また貴方と、貴方の隣人についても当てはまることだと、私は考えます。

 貴方の隣人は、貴方の隈なくまで照らし出す光であり、貴方は、貴方の隣人から貴方の生をあまねくおし拡げられることで、貴方自身であるものをよりよく生きるとともに、

貴方もまた、貴方の隣人の隈なくまで照らし出す光であり、貴方の隣人は、貴方から自身の生をあまねくおし拡げられることで、同胞自身であるものをよりよく生きるのです。

 貴方と、貴方の隣人とは、互いの生をあまねくおし拡げ、互いの生を隈なく味わい合う絆で結ばれ合っているのです。

 このことを以下の詩に表します。


「あなたの同胞は、あなたを照らし出す、あらかじめなる光である。

あなたの同胞から、あなたの「強くあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたは、あなたのより「強くあるもの」を生きるのである。

同じように、あなたは、あなたの同胞を照らし出す、あらかじめなる光である。

あなたから、同胞の「強くあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたの同胞は、自身のより「強くあるもの」を生きるのである。

あなたとあなたの同胞とは、互いを照らし出す、あらかじめなる光である。

互いに、自身の「強くあるもの」を隈なくおし拡げられ合うことで、

あなたとあなたの同胞とは、互いのより「強くあるもの」を生き合うのである。


また、あなたの同胞は、あなたを照らし出す、高き光である。

あなたの同胞から、あなたの「聡くあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたは、あなたのより「聡くあるもの」を生きるのである。

同じように、あなたは、あなたの同胞を照らし出す、高き光である。

あなたから、同胞の「聡くあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたの同胞は、自身のより「聡くあるもの」を生きるのである。

あなたとあなたの同胞とは、互いを照らし出す、高き光である。

互いに、自身の「聡くあるもの」を隈なくおし拡げられ合うことで、

あなたとあなたの同胞とは、互いのより「聡くあるもの」を生き合うのである。


また、あなたの同胞は、あなたを照らし出す、限られなき光である。

あなたの同胞から、あなたの「とらわれなくあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたは、あなたのより「とらわれなくあるもの」を生きるのである。

同じように、あなたは、あなたの同胞を照らし出す、限られなき光である。

あなたから、同胞の「とらわれなくあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたの同胞は、自身のより「とらわれなくあるもの」を生きるのである。

あなたとあなたの同胞とは、互いを照らし出す、限られなき光である。

互いに、自身の「とらわれなくあるもの」を隈なくおし拡げられ合うことで、

あなたとあなたの同胞とは、互いのより「とらわれなくあるもの」を生き合うのである。


また、あなたの同胞は、あなたを照らし出す、深き光である。

あなたの同胞から、あなたの「豊かくあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたは、あなたのより「豊かくあるもの」を生きるのである。

同じように、あなたは、あなたの同胞を照らし出す、深き光である。

あなたから、同胞の「豊かくあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたの同胞は、自身のより「豊かくあるもの」を生きるのである。

あなたとあなたの同胞とは、互いを照らし出す、深き光である。

互いに、自身の「豊かくあるもの」を隈なくおし拡げられ合うことで、

あなたとあなたの同胞とは、互いのより「豊かくあるもの」を生き合うのである。


また、あなたの同胞は、あなたを照らし出す、堅き光である。

あなたの同胞から、あなたの「貴くあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたは、あなたのより「貴くあるもの」を生きるのである。

同じように、あなたは、あなたの同胞を照らし出す、堅き光である。

あなたから、同胞の「貴くあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたの同胞は、自身のより「貴くあるもの」を生きるのである。

あなたとあなたの同胞とは、互いを照らし出す、堅き光である。

互いに、自身の「貴くあるもの」を隈なくおし拡げられ合うことで、

あなたとあなたの同胞とは、互いのより「貴くあるもの」を生き合うのである。


また、あなたの同胞は、あなたを照らし出す、一なる光である。

あなたの同胞から、あなたの「重くあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたは、あなたのより「重くあるもの」を生きるのである。

同じように、あなたは、あなたの同胞を照らし出す、一なる光である。

あなたから、同胞の「重くあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたの同胞は、自身のより「重くあるもの」を生きるのである。

あなたとあなたの同胞とは、互いを照らし出す、一なる光である。

互いに、自身の「重くあるもの」を隈なくおし拡げられ合うことで、

あなたとあなたの同胞とは、互いのより「重くあるもの」を生き合うのである。


また、あなたの同胞は、あなたを照らし出す、あまねき光である。

あなたの同胞から、あなたの「広くあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたは、あなたのより「広くあるもの」を生きるのである。

同じように、あなたは、あなたの同胞を照らし出す、あまねき光である。

あなたから、同胞の「広くあるもの」を隈なくおし拡げられることで、

あなたの同胞は、自身のより「広くあるもの」を生きるのである。

あなたとあなたの同胞とは、互いを照らし出す、あまねき光である。

互いに、自身の「広くあるもの」を隈なくおし拡げられ合うことで、

あなたとあなたの同胞とは、互いのより「広くあるもの」を生き合うのである。」