6月27日月曜日12時43分に、


息子くんお空へと旅立ちました。
















人工心肺装置を付けていても日に日に状態が少しずつ悪化していたので、


そろそろ人工心肺を外す決断をしなくてはいけないということを、


24日に医師に告げられていました。















そのことについて夫婦で話し合い、


このまま悪くなるだけなら、最後の奇跡にかけてみようと話をしました。












また、この状況ということもあり、


この前の土日は特別措置として長女と祖父母の面会させていただけました。




病院には『チャイルドライフスペシャリスト』という方がおり、


娘ちゃんの年齢と性格を聞き取った中で、



面会の前に娘ちゃんにどういう話をしてあげたらいいか、

何かしてあげられることを作ってあげるなど、



色々アドバイスしてもらい、

娘ちゃんは息子くんの似顔絵を書いたり、輪飾りを作って渡し、

戸惑うことなくスムーズに面会ができたと思います。




















そして、義母は長年看護師さんだったので、


医師に聞きたいことがあったようで、

私が長女の面倒を見ている間にパパを含めて義父母が医師と話をしました。


















しかし、







そこで私達夫婦の淡い希望は崩れ去ることとなりました。

















私も後からその内容をパパに聞いてわかったのですが、






“最初に受診し、即入院となった時にはもう危険な状態でミルクや母乳をよく飲んでいたのは奇跡だったこと”




“エプスタイン奇形による心臓の血流の逆流は私達が想像していたより重度であり、

それが急に悪くなって容態が悪化することがある為このように急激に病状が悪化したこと”




“人工心肺装置を外したら、自分の心臓での回復はかなり厳しいこと”




















『人工心肺装置を外すイコール命の炎が消える』


目の前が真っ暗になりました…


















でも、毎日面会していく中で、




見た目にも体内に水が溜まって浮腫んできたり、


皮膚に内出血をしているあとが増えていっている様子を見ていて、



もうこれ以上は…




という思いがあり、


すごくすごく辛い決断でしたが承諾書にサインをしました。
















そして当日、




人工心肺装置を止めたら数分ももたいないと言われていましたが、


ゆっくり緩められ、止められた時にも、


息子くんは微弱ながらも自分の心臓の力で、10分以上は頑張っていました。

















『健康な体で産んであげられなくてごめんね』


という気持ちはありましたが、







見送る時はネガティブな言葉ではなく、

良い言葉をかけてあげようと夫婦で誓ったので、







『パパとママのところに生まれてきてくれてありがとう』



『頑張ったね』



『大好きだよ』





などのポジティブな言葉を最後の時まで沢山かけてあげました。


















生後1ヶ月25日と短い命ではありましたが、






難病を2つも抱えながら、

奇跡的な生命力で母乳とミルクをしっかり飲んでくれたわが子、



無事に生まれてくれて幸せな気持ちを与えてくれて抱っこした温もりを与えてくれたこと、



家族みんなと最後会うまではしっかり生きていてくれていたこと、





精一杯親孝行をしてくれたと思います。



















まだまだ気持ちの整理はつきませんが、


ちゃんとお別れしてゆっくり気持ちを消化していきたいと思います。
















〜名前の通り透き通ったお空へと旅立った息子へ〜


ゆっくり休んでね。

生まれてきてくれてありがとう。

私達家族を見守っててね。

いつまでも大好きだよ。